昨日に行われた第73回NHK杯将棋トーナメント決勝は169手の、手に汗握る大熱戦となった。形勢が逆転また逆転と入れ替わるスリリングで難解な終盤を制したのは佐々木勇気八段(29)。綿密な研究と鋭い踏み込みで、藤井聡太八冠(21)の読みを狂わせ、勝ちを呼び込んだ。

 振り駒の結果、佐々木八段先手、藤井八冠後手で、角換わりの戦型となった。佐々木はあらかじめ用意してきたのだろう。AIなどですでに研究済みとばかり、中盤までノータイムで指していく。対する藤井は持ち時間10分を使い切って、1分ごとに秒を読む考慮時間に突入した。この時間の差が、終盤にも影響した。

 ポイントになったのは、佐々木が金取りに打った7三歩(75手目)。7筋の歩が切れたのを機敏に利用した手で、同金に6二歩成り(77手目)と、と金を作ることに成功した。このと金は、そのあと7一と金(97手目)と飛車取りに行く。解説者の羽生善治九段も思わず「これはすごい手ですね」と声を上げる。8二に逃げる飛車をさらに7二と金(98手目)と追撃、同金と取らせた。このと金捨てで、藤井の飛車は横利きが無くなり、守りに使えなくなった。

 しかし、優位に立ってきた佐々木の2二歩(101手目)が甘かったようだ。次に桂馬が取れるが、詰めろではない。AIの評価値は互角に戻った。攻めのターンが回った藤井が猛烈な反撃に出た。9八桂成り(102手目)、同香(103手目)とこじ開けた9九のスペースに角を打ち込んだ(104手目)。同玉とすると、金を取られながら8七に飛車を成り込まれ、万事休す。仕方なく、7八玉(105手目)と逃げ出した。

 藤井は追撃の手を緩めない。ひたひたと詰みへ網を絞っていく。評価値は藤井98%ー2%佐々木と、藤井が勝勢に近いところまで挽回した。しかし、落とし穴が待っていた。秒読みに追われて指した5五角成り(120手目)が緩手だった。佐々木82%ー18%藤井と形勢逆転。そして続く佐々木の2四飛(121手)が、銀を取りながらの詰めろ。同歩としても2三銀で詰まされる。仕方なく藤井は、2八金(124手目)と王手して飛車に取らせて精算したが、明確な佐々木玉の詰み筋が見えなくなった。

 うなだれたり、天を仰いだりして苦しそうな表情の藤井。時間稼ぎの歩打ちを繰り返したが、いい手がなかなか発見できない。3六歩(148手目)と突いて詰めろをかけたが、佐々木の龍取り詰めろの4六角打ち(149手目)が、「詰めろ逃れの詰めろ」の決め手で、ようやく勝ちが見えた。

 佐々木八段の勝因は、十分な研究に基づく序中盤のリードと、終盤に残した時間配分。さらには随所での鋭く機敏な対応だったろう。角換わりの戦型は、先手番に有利とされている。先手番を引いた「運」も味方した。

 藤井八冠の驀進を止める棋士が注目されるなか、かつて30連勝を阻止した佐々木八段が、NHK連覇を阻止した。さらに「藤井キラー」としての活躍に期待がかかる。

                        (2024.3.18 風狂老人日記)

 =NHKの棋譜を見ながら読んでいただければ幸いです。