「この子は、ちくわ君って言います」

 え!ちくわ君? 思わず振り返った。初老の女性が、自分の柴犬を紹介していた。

 路上には犬3匹(頭)が鼻を突き合わせて、その飼い主たちが、「犬談義」(井戸端犬会議?)をかわしているらしかった。この辺は戸建てが多いせいか、犬を飼っている家が多い。とくに朝と夕方は、道で散歩中のワンちゃんが鉢合わせすることがしばしばあり、初顔同士だと飼い主が、「自己紹介」するシーンを目撃する。この日は帰宅途上の夕方だった。

 よく見ると、ちくわ君は確かに、こんがりと焼けた色をしていて、おいしそうだった。とは言っても、竹輪だったら、の話である。そこで思い出した。

 実は我が家の近くには、「おこげちゃん」というメスの柴犬も存在する。会社に通っていた今年の初めまでは、毎朝のように散歩中のおこげちゃんに出会い、寄ってくる彼女をナデナデするのが日課だった。私とおこげちゃんは相思相愛である。遠くからでも私を見かけると、必ず寄ってくる。そして私の愛撫を求める。

 おこげちゃんの名前は、いうまでもなく、懐かしい、あの竈(かまど)炊きのごはんのおこげから来ている。ふっくらとした毛並みは、あのおこげのように温かく、おいしそうなのである。顔も女の子らしいやさしさで、柴犬のメスではトップクラスの愛おしさだ(あくまでも個人の感想)。

 飼い主いわく、「人間でいえば30歳ぐらいなんですが、いつまでも子供っぽいんですよ」。

 私は「いいじゃないの。犬は幼いままでいいですよ。人間の女なんて、可愛くもないのに、ぶりっ子している50代、60代の女が腐るほどいるんですから」と言いたがったが、ぐっとこらえた。女性への悪口はあとが怖い。でもちょっと心配なのは、愛おしいおこげちゃんが、万が一ちくわ君と結婚してしまうことだ。ちくわ君はそこそこイケメンだからなぁ。

 ここで少し寄り道する。友達のフェースブックの書き込みに「のり弁」という猫が、写真とともに紹介されていた。詳しい素性は忘れたが、このニャンコは、横っ腹の白地の毛の中に、黒い毛が大きく場所をとっていた。私の中学、高校時代。アルマイトの弁当箱のごはんに海苔をかぶせて持ってくる級友たちが、早弁しようとふたを開けると、決まって海苔が半分ふたの裏側にくっついて、残りの半分はごはんの上に残るのだ。まさに「のり弁」ちゃんの横っ腹の絵柄は、その形状を如実に表現しているのである。

 さて、犬の話に戻ろう。ご近所には、個性あふれるワンちゃんがあふれている。

 まずは「ぐるぐる犬」。彼女は、まだ1歳(2歳になったかも?)ぐらいのゴールデンレトリバー。私に会うたび、うれしいのか、後ろ足で立ち上がり、グルグル回りだす。飼い主の綱はよじれによじれて困っちゃう。

 次は「毛槍犬」。このワンちゃんは、茶色のラブラドールレトリバー。この子は後姿が絶品。長いしっぽを垂直に挙げ、歩くたびに、少しだけ左右に揺らす。それはまるで、参勤交代で「下に―下に」と、毛槍を立てている奴(やっこ)さんそのものだ。

 もう一匹、「足長犬」を紹介したい。この子はとにかく、足が長い。全身真っ黒で、たぶんプードルの一種。上半身はふわふわ、くるくるの巻毛でおおわれているが、対照的に足は毛を短く刈り込んでいるためか、足の長さが半端ない。彼(彼女?)の周りには、雌犬(雄犬?)ばかりか、いつも中年の女性たちが群がっている。つまり、この子は「路上のアイドル」なのである。

                                     (2019.11.27 風狂老人日記)