つれづれ写真日誌 -16ページ目

つれづれ写真日誌

自宅周辺の日常の些細なできごとを中心に写真を添えて。

マツザカヤが無くなって風景が変わった。
五月のイセザキは 鯉のぼりが。
でも人通りが少ないね。
つれづれ写真と共に

ちょっと写し方を変えると 風景が違って見える。


つれづれ写真と共に



つれづれ写真と共に
先日、アド街ック天国で 綱島特集。何時もながら その細かさに敬服。
綱島は 観光地ではないので 横浜市民も殆ど未知のエリアでしょう。
東急電鉄の歴史と共に移り変わってきた街ですが、
暴れ鶴見川と早渕川が合流するポイントが 綱島で 度重なる水害のため
稲作が向かなかった。特に梅雨時に冠水するので 水につかっても大丈夫な作物ということで桃が選ばれたらしい。西の岡山 東は ここ 綱島の桃が有名だったとか。
ところが ラジウム温泉が出た!!ということで
綱島は 綱島温泉に変貌。東急東横線の駅名もしばらく「綱島温泉駅」だった。
今また 桃復活の活動が盛んだが 桃園が温泉に そして マンションに
残るは 池谷家の一角だけになった。
つれづれ写真と共に

戦前のポスター

つれづれ写真と共に

桃ではなく 桃まんじゅう


つれづれ写真と共に

綱島の桃を使った 桃ビール

つれづれ写真と共に

BEST PEACH TSUNASHIMA
旅先の街を歩いていると、普段気がつかなかった風景が気になることがある。
旅先というほどではないが 茅ヶ崎を歩いていたら
三叉路が気になった。
調べたら 三叉路ファン 多いんですね。
$つれづれ写真と共に


右か左か? どこに行くか? 回路のような
人生のような風景です。
ちなみに この分れ道の床屋 面白い看板背負ってますね!!1
横浜関連のパンフやポスターによく使われるのが
「北斎」の神奈川沖浪裏
KATSUSHIKA HOKUSAI,from the series THE 36 VIEWS OF MT.FUJI
"The Waves off the Coast of Kanagawa"
これ 使用しないで!言われて 関連ポスターを引っ込めたと友人から聞いた。
だめ!  って言われても仕方ないよね 確かに。
$つれづれ写真と共に


視点は 今の大黒埠頭か ベイブリッジ近くの船上ですが、
実際 このような大波は立たない。ありえないので 北斎の創作でしょう。
画像では分かり難いのですが、
散り桜が川面に帯をつくり模様になっています。
$つれづれ写真と共に

この数日、満開の中強風で花吹雪です。

一方、初夏(春)の花が奇麗です。
$つれづれ写真と共に

今日から 横浜公園 山下公園で スプリングフェアが17日まで開催されています。
山下公園は 花壇展で 作り込まれた花壇が鑑賞できます。

$つれづれ写真と共に


横浜公園は なんといってもチューリップです。
つれづれ写真と共に
つれづれ写真と共に
つれづれ写真と共に




お店も出ています。
山下公園で 恒例のスプリング・フェアが始まります。
鮮やかな花で彩られた山下公園の 春を告げる イベントです。
今年は パンダが登場しました。
つれづれ写真と共に
私の高校時代、反原発教師に囲まれた授業ばかりだった。今にして思えば物騒な教師陣だったが、めちゃ面白かった。受験にはあまり役立たなかったが。放射能と放射線、そして放射性物質の違いを「倫社」で学んだ。被ばくと汚染の違いも。 福島原発報道では かなりのマスコミが この辺の混乱が見てとれた。説明する側も どうも要領を得ていなかった。へたくそな説明。その中でNHKの水野倫之解説委員は評価が高い。分かりやすいのが一番。危ないことは危ないという中から 安心感も同時に育つ。
高校では ステレオタイプに 原爆と反原発が重なっている部分も多かった。
そのためか 社会人になっても原発には懐疑的だった。が原発電気を捨てることができない生活の中にいる。気分は 不愉快だ。想定を超えるという連呼。江戸時代にこのクラスの地震記録はあるのに。
今回の事故に対し 私自身も 私の友人に対しても 決めた事がある。
「今は アジテーションするのは止めよう。」あおらないことだ。付和雷同も避けることだ。
ただ 被害者に寄り添うことだ。
311は日本の歴史を激変させた。私たちは 戦後成長社会という神話に完全に別れを告げたのだ。
被災地はもちろんだが、日本全体が 萎縮のマイナススパイラルに入った。
放射線が少し出たというだけで(出ては行けないことは重々知っている)流通は自主規制する。そして物も金も動かなくなる。宿泊拒否する無知さ加減まで。自分は被災者 被災地と別な所にいると思い込んでいる人が多すぎる。私たちは 皆当事者なのだ。 

叔父が 仙台で亡くなっていた。磐城の友人が過労で倒れた。
送れるものを宅配便で送った。情報も。
今できること これからできること やらなければならないことを 整理している。
この復興には 長い時間がかかる。5年 いや10年かもしれない。長丁場であることは間違いない。

つれづれ写真と共に

一気に春になりました。
つれづれ写真と共に


桜、チューリップ、椿その他 春 花 爛漫です。
つれづれ写真と共に
勉強不足ですみません。つい最近気がついたのですが、公共施設の国旗関係が半旗になっています。
市役所の旗は 屋上なので 見上げることも無かったのですが、
警察署(加賀町)の旗を見て あれ?と。
半旗(はんき)とは、弔意を表すために旗竿の最上位より下に掲げた旗のことである。日本では、国家において半旗を掲げるべき期間を明文化した規定は存在しない。(ウィキペディア)のだそうだ。
2011年東北地方太平洋沖地震 発災以来全省庁的に半旗を掲げている。とも書かれている。

つれづれ写真と共に

警察署(加賀町)の旗


つれづれ写真と共に
市役所 屋上の旗
横浜市役所は、村野藤吾の設計により1959年(昭和34年)に竣工した 名作???です。