Steven Paul Jobsのいたアメリカ | つれづれ写真日誌

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追悼ばかりで悲しい
先日訃報が届いたSteven Paul Jobs
「Macintosh」(略してMac)商用パーソナルコンピュータをビジネスにした伝説的経営者。実は共同経営者の一人で、最も波乱に満ちた人生をおくったことから、エンドユーザーにカリスマ的な人気があった。
彼スティーブン(本人はスティーブといっていた?)の波乱人生を一部紹介しよう。父はシリア人で優秀なイスラム教徒の大学院生アブダルファン・ジョン・ジャンダリ。母も同じく大学院生のジョアン・シンプソンで未婚の子供としてカリフォルニアに生まれた。
両親が学生同士で異なる生活環境では赤ん坊は育てられないということで、生後すぐにジョブズは、ポール・ジョブズ夫婦に養子に出されジョブズ姓となった。このことは思春期のスティーブンを大きく傷つけたらしい。

学生時代から独立心が強く、またビジネスの才能をいち早く発揮した。この時、出会ったのがウォズニアック、後の共同経営者の一人である。彼が電話をハッキングして無料通話可能にする装置を開発した(違法だろう?)。スティーブンは、これはいけると売りさばいてかなりビジネス感覚を磨いた。
実は、技術開発はウォズニアックで、スティーブンは販売担当だった。この時生まれたのが「伝説のApple I」そしてそれに続くApple Ⅱだ。
マイクロソフトを事実上創ったのがポール・アレンであるように、Appleを創ったのは一回り年上のマイク・マークラのマネジメントによるところが大きい。
スティーブン・ジョブスはアップル社の暴れん坊だった。ワガママ坊やという人も多いが経営センスは超一級。でも一時期アップル社を追い出されてしまう。
彼は人生のどん底にまで落ち、また立ち上がってきた。マイクロソフトに比べてカスのような存在、一部のマニアックなユーザーに支えられているとまで言われたアップル社に返り咲き、今やアップル社のニュースは一瞬にして世界を駆け巡る。iPhon iPod iPad を世に送り出した。世界一のプレゼンテータとも言われた。そして
死に際し、天才だ、英雄だという声も集めた。
創業会社との確執、日本でもどこかで聞く話しだが ジョブスのいるアメリカだからあり得る成功だろう。

追伸
全米超人気TVアニメのホーマーシンプソンの母親はスティーブンと兄弟!だそうだ。謎解きは各自でどうぞ。
ちなみに、私のマッキントッシュ社への投資は、500万円(株ではありません)を越えるだろうな。