とても不思議な話。
写真の富士山は僕が幼稚園の時に紙粘土で作った「富士山型えんぴつ立て」である。
イラストレーター ハマダミノルの初期作品の一つ。
私以外の園児たちは筒状に形を整えて、紙粘土が乾いたら赤なり青なり黄色なりオレンジなりと派手な色キチ鉛筆立てを制作していた。
その横で私だけは形を富士山にしたのだから富士山らしく水色一色。
噴火口は紙粘土そのままの色を利用した白。
実質的に使用した絵の具は青に白を混ぜた水色一色という、この時にすでに天才ぶりを発揮していた。
そして本題。
この富士山、2017年まで住んでいた杉並区のアパートでコレクション棚に趣味のプラモデルと一緒に飾っていた。
初心忘れべからず、という意味合いも込めて。
現在住んでいる国分寺の家に引っ越す時にエアパッキンでこの「富士山」を大切に包み、他の生活用品と一緒にダンボール箱へ丁寧に詰め込んだ。
引越し先の国分寺の家で引越し業社による荷物運びが完了し、それから二週間ぐらいかけながら、ダンボール箱を一つづつ開けながら、ゆっくりと荷物を整理していた。
だが全てのダンボール箱を開けたのに、この大切な「富士山」だけが見つからない!
まさか引越し業者のトラックに荷物を一箱、降ろし忘れてきたか?
もしくはベッドの廃棄を頼んだ際に、ベッドの引き出しに荷物をうっかり入れてしまっていたか?
そもそも「富士山」を入れたダンボール箱だけ前のアパートに置き忘れてしまったか?
とあらゆる可能性が頭を過ったが、引っ越しが完了して二週間も経ったあとでは何の確認のしようもなく、大切な思い出の富士山は何処をどう探しても見つからず、その日から6年経った2023年の今まで大変悲しい気持ちを引きずりながら生活していたのだった。
ふとした時に「富士山」を思い出し、ハァ〜と悲しいため息を吐くのだった。
そしてつい先日、三鷹の実家に用事があり、何気に実家の自分の部屋のクローゼットを開けたら国分寺で紛失したはずの「富士山」がいきなり目の前に現れたのだった。
どういうことだ?
訳がわからん!
「富士山」と同じ頃に幼稚園で制作した、色を塗っただけの灰皿作品は国分寺の家にある。
コチラの作品は富士山とは違い、色キチにした。
この「色キチ灰皿」と「富士山」はセットで杉並区のアパートのコレクション棚に飾っていたのだ。
この記憶は誰かに植え付けられたニセの記憶か?
どういう経緯で「富士山」が実家にあるのか、ただの自分の記憶違いや思い込み(記憶障害?)なのかはどうでもいいや。
「富士山」が紛失していなかったことがとても嬉しい!
この「富士山のえんぴつ立て」は実家からは持ち出さず、このままクローゼットにしまっておくのでした。
こんな体験した人っていますか?

















