私は会社を辞めてフリーのイラストレーターになる!と決めてから思いつく売り込みは全て行ってきました。
会社に勤めながらもたまに依頼が来るイラスト仕事をこなしていたりはしていましたが、イラストレーターとして本格的に活動し始めたのは2003年ごろです。
1年間はガッツリと営業を行きまくろうと決めていたのでした。
それでダメならイラストレーターとしての才能が無いと理解してちゃんと就職しよう、と。
それで1年間で240社のデザイン事務所や出版社に営業に行きました。
月に20社ですね。一日に三社廻ることもザラでした。
直接の営業を断られた会社には作品集を郵送したりしました。
これは100社ほどに郵送しましたね。
1年間に計340社の会社に揺さぶりをかけたのですw
それぐらい必死にやらないと自分より絵が上手い人なんてゴマンといますから。
これだけ多くの会社に自分の作品を持って売り込み営業をしても二つだけ営業を避けていたジャンルがありました。
それは女性誌と児童書です。
自分の絵のタッチは明らかにこれらの媒体には不向きだろうと。
2003年ごろはグラビアタレントが表紙を飾る少しエッチでマニアックな雑学が詰め込まれた月刊雑誌がコンビニでたくさん売られていました。
自分自身もサブカル系の書籍が大好きで20代の頃はSTUDIO VOICEやクイックジャパン、GON!などを愛読し、自分が描くイラストレーションもサブカルを意識したアクの強いタッチなのでした。
当時、コンビニの雑誌コーナーで主流だったあらゆるグラビア誌で描いた私のイラストレーション↑
他にも男女のエッチな行為や猟奇殺人犯の似顔絵などもよく依頼されて描いていました。
「自分の畑はサブカルだ!」と思いながら楽しくイラストの仕事をこなしていたのです。
そしてある日、とあるデザイン会社から仕事依頼の電話がありました。
ここのデザイン会社は直接営業に行ったわけではなく、作品集を郵送した会社でした。
仕事の内容は「小学生向けのイベントで配るカードゲームにイラストを描いて欲しい」というものでした。
私の絵のタッチが昭和ノスタルジックを醸し出すようで、そこを気に入られて初めて児童向けの仕事で絵を描いたのでした。
そしてこのカードゲームの仕事がきっかけになり、再び同じデザイン会社からの依頼で小学生向け通信教材の表紙イラストレーションを一年間担当することになったのです。
毎月、テーマに沿った怪獣が出てきて子どもたちの勉強の邪魔をするというもの。
この仕事のアートディレクターさんと毎回、表紙に登場する怪獣のデザインを考えるのが楽しくて楽しくて。
2006年ごろの仕事なので今見ると絵がヘタクソだな〜と。
今ならもっと上手くもっとカッコいい怪獣を生み出せます。
と、過去の自分の絵を見て「下手だな」と思えるのは今の自分が成長したからなのです。なんてね。
そしてそれから絵本の出版につながったり、
児童書の表紙イラストレーションを依頼されたり、
児童向け未来図鑑で挿絵を描かせてもらったりと
そして2020年現在、私は読売新聞で発行されている小学生新聞「読売KODOMO新聞」で毎週、漫画やイラストを描いているという児童書メインのイラストレーターになりました。
読売KODOMO新聞の漫画仕事は大人の事情でネットに掲載できないので、別コーナーで描いたイラストレーションをお見せします。
なんと児童書の方が自分の描きたいものが数多く描けるということに気づいてしまった。
怪獣、宇宙人、妖怪、ロボット、未来の乗り物など。
小学生男児たちが喜ぶものは自分が好きなものだという事実(笑)。
要約すると、自分で自分の絵の可能性を狭めようとせず、たくさんの人に絵を見てもらうきっかけを意識的に持つべきだということなんです。
根気よく人に絵を見せ続けていけばきっとあなたの描く絵の魅力を最大限に広げてくれるデザイナーや編集者に出会うでしょう。
ちなみに避けていたもう一つのジャンルである女性誌も数は少ないですがお仕事を頂いたことがあります。
芸能人の似顔絵とかセックスの特集とか(笑)
イラストレーター ハマダミノルweb→http://minoru-h.com












