洋子はいつもの会社用のロンシャンバッグとPCバッグを持って、走れるパンプスでエスカレーターを駆け上り、12時10分阪急神戸線特急新開地行きに飛び乗った。

平日の昼なので電車は空いていたが、息を切らせながら電車に飛び乗った恥ずかしさから洋子はマスクをつけて顔を隠した。

マスクの下ではまだ息がはぁはぁしている。

 

すでに筋肉痛だ・・こんなに走るの何年ぶりだろう。

スマホで到着予定時間を確認する。

大阪梅田12時10分発で、西宮北口22分着か。

間に合う、間に合う!

同じ車両には離れた席に二人座っているだけ。。。

洋子はコッソリとバッグからゼリー飲料を取り出し、秒で飲み干す。

だって・・12時半から14時まで説明会あるんだもん、お腹空くに決まってるもんね・・・

と洋子は思う。

 

今日は浜学園の入試報告会がある。

おそらく去年も開催されていたのだろう。しかし、去年は、仕事が忙しすぎてマイページのチェックすらしていなかった。

だが、今年は悠斗も受験生。そしてあまりに受験校の研究ができていないことを反省し、今回初めて説明会に申し込んでみた。

 

浜学園の説明会は、エリアや学校のレベルごとに数日に分けて開催される。

洋子のオフィスは大阪にあり、会社で午前中働き、そこからの移動で間に合うのは、西宮北口での説明会のみであった。

オフィスから走って阪急電車に乗れば12時半の開催に間に合う・・・

西宮北口本校は浜学園のメイン校舎であり、さまざまな特訓や特別な授業も開催されている。

 

やっぱりNだとか、K陽狙いの男の子たちは西宮北口までいつもマスターとかも受けに来てるんだろうな・・・

怖い・・・初めていくよ、西北本校。小規模教室所属のこの間までHクラスの母親が参加したら、塩対応されるんじゃないかな・・変な妄想も広がる。

 

西宮北口の駅に着いた。大阪に住んでいるとなかなか来る機会がない駅だ。

テスト中なのか、春休みなのかよくわからないが、ファミリアのバッグを持った制服を着た女の子たちや楽しそうな大学生らしき若者たちとたくさんすれ違う。

さすが塾の看板も多い。駅構内の大型ビジョンに映し出される馬のマークの塾の高校受験の動画もインパクトがある。

高校受験か・・中学受験なんてさらに小さい子たちの戦いなんだよなぁ・・・

そう思いながら、広すぎる駅の構内でどの出口に出たら良いかちょっと迷い、浜学園に着いたのが12時27分とギリギリだった。

 

駅前の浜学園の建物に入って合格実績のパネルに圧倒されながら階段を駆け上る。

受付を済ませ、2つの教室を合体させた大きな会場に入ると、そこにはぎっしり100名近い大人たちが小さな小学生用の席に座って説明会のスタートを待っていた。

 

ええー!?

平日の昼間なのに、こんなにぎっしり保護者来てるの!?

みんな専業主婦!?

で、でも、スーツ姿のパパさんも5人くらいいる!?なんならおばあちゃん?みたいな

年代の人も・・・両親が共働きだから代理で来てるのかな!?

す、すごい・・・・

 

洋子は動揺しながらも迅速に空いている席に着席し、黄色の大型封筒から説明会資料を取り出して、早速下読みした。

そこには、今年の入試の流れ、合格実績と、今日の説明校の問題傾向などがまとめられている。


す、すごい!これは参考になる!!

もう一つの冊子は早速届いた24年受験生の合格体験記のようだ。

「S風南海・・確かヤナギっちの上のお兄ちゃんがここの高校なんだよね・・・」

体験記には前期日程で不合格になってしまった浜学園の男の子が後期試験の前に偶然、S風南海の在校生に励まされて、後期で逆転合格する、という体験談だった。


「な、な、なんと・・・!こんな感動ドラマみたいなことある!?すごい・・知らない子だけど泣ける・・S風南海、私が通いたいくらいだわ・・!!」

合格体験記で一人で盛り上がっている洋子を、まるで落ち着かせるように浜学園のベテランぽい男性講師が説明会を開始した。

 

科目ごとに弁士がかわり、いろいろな先生が各教科、各学校の問題の特色などについて説明をしてくれる。

西宮北口校での授業を受けたことがないので、洋子はもちろん知らない先生たちばかり。だが、どの先生も話がわかりやすく勢いがある。


すごいな、さすがYOUTUBEやゲーム漬けの子供達を集中させる授業をしているだけあってプレゼンが上手い!面白い!惹きつけられる。うちの会社のおじさまたちも見習ってほしいよ・・・

あのダラダラ滑舌の悪いプレゼンどうにしかして・・・

と心の中で洋子は毒付いた。


R甲学院中の国語の問題についての説明になった。

R甲・・・大阪だと周りに行ってる知り合いがいないけど・・確かカトリックで、グランドを行進する

体育祭が有名だよね・・。名門校だし、きっちりしているし、そりゃ受かるなら家からどんなに遠くても行きたいけど・・

「国語の問題でね、恋愛っぽい話とか入試に出たりするんですよー、女子は精神年齢が高くて、国語が得意な子が結構いますけど、小学生男子なんて、「嫌い」ってセリフがあったら、本当に主人公は相手が嫌いって思っている、と解釈しますからね笑

なんで間違えたん?って聞いても、「だって嫌いってセリフにあったやん」って言います笑 セリフとか描写の奥に隠された心情理解がなかなか難しいわけですよ。そんな小学生男子に、男子校の国語の問題で、嘘の告白しちゃう話とか、複雑な恋愛っぽい話とか、あえて出すんですねー笑」

保護者からもフフフと小さな笑いが漏れる。


へぇー、入試問題なのに、恋愛話!意外!そういえば、浜の国語のテキストにも戦争や貧困、病気に関する物語文がよく出てくる。自分とは違う状況の人の気持ちを思いやれたりする子が欲しい、みたいな学校側の意図があるのかな・・・

なんて洋子は思う。

 

浜学園の講師たちのテンポの良い話で1時間半の説明会はあっという間に終了した。

終わった後に熱心な親たちは廊下で講師を捕まえて何やら相談している。

洋子もそうしたいところだが、いろんな学校の話を聞いて、偏差値や倍率などに慄き、あれが足りない、まだ甘かったなど聞いて反省する事ばかり。ぐったりと疲れてしまい、何も質問できないまま西宮北口教室の階段をよろよろと降りた。

 

お腹も空いた・・今日は午後休にしたし、何か食べて帰ろうか・・・

そう思って浜学園を出ると、びっくりするスピードで怪しい風貌の男性が寄ってきて、個別塾の案内を渡してきたり、俊敏な女性が追いかけてきて、家庭教師センターのチラシを洋子に渡してきた。


すごい、浜で今日こんなセミナーがあるってチェックしていて、母親たちが焦りの気持ちで出てくるところに家庭教師案内・・・心揺れるわ・・・

案内を見ると、「偏差値43から65にアップ!」「第一志望に合格!」など魅力的な文字が踊っている。


「ほんとー?本当にぃ?ここに頼ったら、S風南海とかR甲とか受からせてくるの?」

チラシを見て洋子は突っ込む。

 こういった家庭教師とか個別とか他塾とか併用している子達も多いと聞く・・・

うちは浜学園一本で乗り切れるのかな・・だって私が教えられるレベル超えてきてるもん・・・

というよりも、まず志望校・・・!!一体どこにしたらいいのかな。偏差値、校風、通学時間・・悠斗の希望優先?

中学受験って悩むことが多すぎる!洋子は頭を抱えた。

 



21時。浜学園に悠斗を迎えに行くと、黄色い看板の前に結愛の母親が立っていた。

「あ、花咲さん!」

洋子が声をかける。

「こんばんは!この間は、ホワイトデーのプレゼントありがとうございました!」

結愛の母がお辞儀をする。姿勢が綺麗でとても美しい。


「いえいえ、こちらこそバレンタインいただいて。今日お迎えなんですね?」

「はい、私、ピラティス教える仕事していて、今日は浜学園近くのスタジオでレッスンだったので

そのまま迎えにきて一緒に帰ろうかと。」

「ピラティス!だからそんなにスタイルがいいんですねーすごいー!…あの、いきなりなんですけど、今日私、西北の説明会に行ったんですけど・・他のパパさんママさんの熱心さに驚いてしまって。みんなメモを完璧にとって、先生に質問もして・・第一志望は譲れないって感じで・・うちなんて・・志望校すら決まってないんです・・。今度私だけ一人でD志社K里に見学に行くんです、それが初めてなんです。もう遅れててダメなんです」

 

混乱している洋子に、結愛の母は優しくいう。

「わかります。うちなんて6年生になって所属教室変えたり、迷いの連続です。私としては・・私が女子中出身だったので、結愛も性格がおとなしめだし、母校でいいかなぁと思っていたんですが・・実は・・・この間、学校見学に行ったところが志望校になってしまい・・・突然のことで私も動揺しているところなんですよ・・・」


「もう、第一志望決まってる感じなんですね。結愛ちゃんが希望されている?すごい。やっぱり本人の希望が一番ですよね。親としてもそこに向けて伴走一緒に頑張るみたいな・・・」

結愛はVクラス、しかも100傑だからどこでも行けるだろうな・・・いいなぁ・・・と洋子は思う。

 

「それが・・・、うちは本当に偏差値とかじゃなくて、結愛が心穏やかに過ごせる・・そんな校風で・・メンタルも強くない親子なので・・・できたら偏差値的にも安全で、無理しない受験がいいかな・・と思っていたんですが・・・」

目を伏せて困惑した口調で、結愛の母親は言葉を続ける。

 

「学校見学も・・・有名校ってどんな感じなんだろう・・と奈良の観光ついでみたいな感じで・・軽い気持ちで行ったんです。そこで、在校生の女の子が学校を案内してくれて。それが物おじしなくて堂々とした案内で私も感心しきりだったんです。でも、テキパキ・ハキハキした雰囲気の生徒さんと結愛とは全くイメージが違うなぁとも思っていたんです。。そしたら・・帰りの電車の中で結愛が・・言ったんです・・・」

「な、なんて言ったんですか?」

洋子が尋ねる。

 

「私にはあんなふうな気迫が足りてないから、あの学校、目指したいって・・・」

「えー!すごいじゃないですか。いいですね🎶素敵な志望動機。なりたい先輩が学校にいるって思ったんですね!うちも、そんなふうに第一志望校決めたいです。本人のモチベーションが大事ですもんね!」

洋子は明るくいった。


「確かにそこから勉強頑張るようには…なったんです。でも、100傑も前回が初めてなんです。理数系が苦手だから・・共学の難問が解けるのかな・・って・・。それに、女子は難易度があがりますし・・」

 

そうなのだ。同じ学校でも女子の募集枠が少なくて、女子の方が偏差値の高い学校がある。それって令和の時代にどうなの?と娘がいない洋子ですら疑問に思う。就職活動も女子の方が不利だったりするし、会社でも女性総合職が異常に少なかったりする。小学生にとっても、まだまだ日本は女子に厳しい世の中なのだろうか。

 

「あんなに難しい学校を志望校にして、それで・・不合格になった時・・・努力しても叶わないことがあるって悲しくなるんじゃないかなって。結愛だけじゃなくて、私自身も、辛くて耐えれないかもしれないです・・・。」

結愛の母は俯いた。


「でもまだ春ですし、時間がありますし、うちなんかがいえるような立場じゃないですけど・・・。

結愛ちゃんは、Vクラスだし、難関校目指せるレベルの子じゃないですか」

こういう時になんて言ったらいいのかわからない。初めての中学受験の伴走だし、悠斗の方が下のクラスだし、難しい。だが、子供がどんなクラス帯、偏差値、志望校でも、安心できず、不安で、どこの親も悩んで苦しいのが中学受験なのかもしれない。

 

「すみません、一方的に悩み相談してしまって・・。そうですね、仰るようにまだ春。コツコツ目の前の勉強を頑張るしかないですよね・・」

「うちも、まずはVクラス、そして志望校も早く決めて、親としてはできる限りのサポートしていきたいなと思っています」

洋子も答える。

結愛の母も決意したかのような口調で言う。

「本当ですね。N YTっていう高い目標に向かって・・・まずはやれることをやるしかないですね・・!」

 

えええ…今、なんと!

に、に、N YT女子!?

凄い、めちゃめちゃ最難関!!凄すぎる!!!!!!

100傑の彼女の第一志望校を聞いて、卒倒しそうになる洋子であった。

 

続く⤴️