水曜21時すぎ。

おそらく今、浜学園のお迎えに来ている親たちは、全員マイページから公開テストの結果を子供より先に見ている、と洋子は思う。

色々なことを思いながら我が子の出てくるのを待っているのだろう…。

 

不機嫌な表情でスマホを見ているスーツ姿のエリートっぽい父親。

平静を装っているデキた母親。

そして・・悠斗に早く過去最高の偏差値だったことを告げたくてワクワク待っている洋子。

胸には悠斗に頼まれた結愛へのホワイトデーのプレゼントも抱えている。

 

文房具、色々あって面白かったなぁ〜と呑気に洋子は思い出す。

結愛用に頼まれた「シマエナガ」というキャラクターのついたノートやシャーペンなどをプレゼント用にラッピングしてもらっている間、店内をうろうろ見て回ると・・・

使っていくと富士山みたいな形に見える消しゴムとか、東大出身の勉強法デザイナーみおりんコラボの

付箋とか、クイズノックの伊沢拓司さんコラボの勉強計画ノートなどなど、洋子の時代にはなかった文房具がたくさんあって、すっかり楽しんでしまった。

 

そういえば・・・

Nだ中に受かった子のママさんのインスタでも、息子さんのシャーペンコレクションを紹介している投稿があったっけ。ドイツ製?だったかな。高そうだけど、すごくかっこいいデザインだった。悠斗もますます成績が上がるように、何かいい文房具でも今度買ってあげようかな〜と洋子はニヤニヤする。

嬉しさが止まらない。

 

だって!!

先月よりも3科偏差値が5ポイント以上も上がったからね!

洋子はニヤニヤが止まらない。

そういえば、「6年生からは地頭が良い子供が偏差値上がる」っていうようなことを有名ブロガーさんの文章に書いてあった気がする。

ということは・・・悠斗って地頭いいのかな🎶


と、洋子が調子に乗りまくっているところに、浜学園のデキる事務員・山田がドアを開けにきた。

「佐藤さん、こんばんは。」

山田が礼儀正しくニッコリと微笑んで挨拶した。

そしてそっと

「悠斗くん、すごいですね。今日もベスト1でしたよ。それに・・公開もググッと上がりましたね」

他の保護者に聞こえないように小さな声で洋子に言う。更に

「またいいお知らせ、お伝えできると思いますよ」

と耳元で囁き、そして目をキラっと光らせて、山田は去って行った。

 

いいお知らせ・・・とは・・・?

山田さんの前職は一体・・

敏腕秘書か何かだったのかしら・・・

洋子が空想していると、悠斗が一番にドアから出てきた。


ん?なんだかちょっと怒った表情??

洋子は息子の異変が少し気になったが、

「はい、これ、頼まれものです!」

と、洋子は結愛へのプレゼントをちょっとふざけた口調で渡した。


「ありがと!!」

悠斗は、プレゼントをさっと背中に隠しながら、ガラス越しに結愛が出てくるタイミングを見計らった。

いつもの駅に向かう子供達が列を作るタイミングで、さっと他の子たちに気づかれないように悠斗はプレゼントを結愛に渡す。結愛もちょっと驚いたものの、何かをすぐに理解して、耳まで真っ赤になりながら小さくニコッと笑って受け取った。

 

いいわぁ・・・青春だわぁ・・

うんうん、可愛いねぇ…

少し離れて、二人を見つめる洋子。


結愛を含む電車組の子供たちが引率の先生に連れられて駅に旅立っても、悠斗は浜学園前から離れなかった。


悠斗、帰ろうよ?と洋子が声をかけようとしたとき、最後にドアの向こうから小柄でメガネをかけた

男の子が目を伏せて出てきた。

 その時、

「ちょっと、来て!」

悠斗が、低い怒ったような声でその男の子の腕をぐいっと掴んだ。


「え、ちょ・・」

洋子は止めようとしたが、その男の子も、おとなしく悠斗に引っ張られて細道の方向へ歩く。


わ、私もついていってもいいのかな・・・と思いつつ、少し距離を空けて洋子も細道へ向かう。

いつもの明るい悠斗とは別人。今まで見たことない息子の表情と声に洋子は困惑する。

 

細道までくると、悠斗はその男の子の腕を離した。

「なんで?なんであんなんすんねん」

めちゃくちゃ関西弁で悠斗が怒っている。いつもと違う。友達に対してはこんな言葉遣いするようになってるのかな、声がめっちゃ怒ってる…

洋子はハラハラして二人を見守る。

 

相手の男の子は、最初はずっと黙っていた。

しばらくして、悠斗を見て小さな声で

「ゴメン」

と本当に申し訳なさそうに言った。


悠斗もその口調を受けて

「やらんでいいやん。松尾、Vやんか。頭いいやんか。」

泣きそうな口調で言った。

 

松尾・・・?あ、知ってるわ、この男の子。4年まで一緒に野球チームにいた松尾くんだわ。確か2年生くらいから浜に通ってて、かなり優等生って誰かのママさんに聞いたことがある…

洋子は思い出す。野球を辞める時にお母さんと挨拶していた男の子。あの子だわ。

 

「多分、もうVちゃうくなるよ。クラス落ちてると思う。公開悪かった。ママから授業中にLINE来てたもん。帰りの車ん中で、めっちゃ怒られると思う。もう来月からここじゃなくて、大規模教室で揉まれてこいってLINEにも書いてた。上本町に行くことになると思う。」

「え!?教室、変わんの!?」

悠斗が驚いた声を上げる。

 

「ここが小さい教室やから、競争心なくて、成績下がってると思ってるねん、親。でも、ちゃうねん。成績はもうVなんてキープできへんねん。だって実力ないから」

「松尾・・実力ないことないやろ・・」


「ゴメンな、佐藤。実はさぁ、カンニングも今日が初めてちゃうねん。俺、最低やねん。何回も最低なことしてるねん。」

「えっ」

 カンニング!!洋子の胸もギュッとなる。カンニングしたの⁉︎松尾くん!!


「佐藤に今日気づかれたけどさぁ、前も、国語の漢字とか机の中でスマホ検索して見たり、算数も横のやつの答案、みたりしててん・・・。・・・でも、多分それさぁ、先生にはバレてたんやと思う。。日曜の公開ん時、なんか監視厳しくてカンニングできんかった。だから結果も悪かってん。それが俺の本当の力やねん・・・アホやろ・・」

「なんでやねん」

 

「もうなんか宿題とかもC問題とか、解説見ても全然・・・もうわからんくなって。最レもとってるから、宿題回らなくて、親にめっさ怒られるから、もう答え写すみたいになってて・・もう嫌や、、、どうしたらいいか・・・わから、、し、、、」

最後はもう泣いて言葉にならない。


めっちゃ追い詰められてる。どうしたら・・・洋子も泣きそうになって弱った小さな戦士を見つめる。

 

「ゴメンなぁ、佐藤。・・・ゴメン。」

涙がボロボロ出ている。

「なんで、なんで俺に謝るん、松尾、めっちゃしんどかったんちゃうん」

悠斗も泣いている。

 

「あのさぁ、今日授業の前にさぁ、算数のわからんとこ、聞いてくれたやん。うっ・・めちゃなんか・・・佐藤は俺のこと信じてくれてるんやなぁって・・思ってん。。」

「いやいや、松尾、賢いって!今ちょっと調子悪なってるだけやって!!Vにおってんからさ!もしもSになってもまた上がったらええやんか」

 

「うん・・ほんまやな・・なんかVにおられへんかったら、もう合格できへんのんちゃうんかなって思って、なんか知らんけど、怖くて・・アホやわ、カンニングしてた・・けどさぁ・・今日さぁ、佐藤のテキスト、わからん問題をぐるぐる鉛筆で印つけて、授業ノート開いて、必死に質問してるの見てさぁ」

「うん・・」


「・・・めっちゃノートの字ぃ汚くて、びっくりしたわ・・笑」

「なんでやねん!」

泣いてた二人は顔を見合わせて、ちょっと笑った。

 

「イケメンやのに、めっちゃ字ぃ汚くて」

「2回言う必要ってある!?」

「ウンコみたいな字ぃやった」

「誰がウンコや!」

そう言って2人で大笑いした。

 

素直で一生懸命なんだな・・・

松尾くんだって、カンニングをしてしまったけど、すぐに認めて反省して、強い。いい子だ。


弱って、つい、魔がさしてしまうことって…大人でもある。

ましてや、子供がありえないくらい難しい問題をタイトスケジュールで、自分をコントロールして解けるように努力していく・・ストレスもたまる。弱くなる時もある。

それを乗り越えて努力できるだけで素晴らしいよ・・・。

洋子もちょっと涙が出た。

 

その時

「佐藤くんのお母さん!」

と声をかけられた。


「遅くまで待たせてすみませんでした。それと、カンニングして・・・すみませんでした。・・・僕アホでした。まっすぐ努力して、絶対!!また実力で100傑載ります!」

 

ええ・・こんなすごい少年いる?小学六年生だよ。

「うん・・載れるわー、やれるよー、松尾くん!えらい!そうやって言えることがえらい!」

洋子は努めて明るく言った。


その時ブーブーとスマホの音が鳴った。

「あ、すみません。そこのコンビニの駐車場で母が車で待ってるんで、帰ります笑!!鬼ババアみたいに怒られるから帰りたくないけど笑!ちゃんと頑張るって言うわ!」

 そういって少年はコンビニ方向へ走っていった。

そしてコンビニ手前で、振り返って叫んだ。


「佐藤、ありがとう!」

「おう!」悠斗も元気よく返事する。

 

「俺めっちゃ上本町で頑張るわー!」

「おう!」

 

「佐藤も一緒に100傑目指そうやー!」

「おう!」

 

「ほんで一緒に、東大寺、西大和、清風南海、星光とか受かろうやー!」

そう言って、バイバイして去っていった。


洋子は最後だけ「おう!」の返事がなかった悠斗に突っ込みつつも、笑顔で公開の結果を伝えた。

 

続く🐬