12時になった。洋子の一人ランチは野球のお弁当用に作ったおかずの余り。

悠斗、野球辞めるって・・・あんなに好きな得意な野球を・・私のせいかな・・・

どんよりとした気持ちで、もそもそと食事をする。

 

そこにまたLINEの着信音がした。

夫かと思いきや、栗尾からだった。

おぱんちゅうさぎが涙を片目から流す動くスタンプの後

「やはり・・・やはりでした。恋のガラガラポンです」

というメッセージ。

「いやいや・・、大阪人としての気概は感じるけど、ガラガラポン(白紙に戻す)とかおっさんビジネス用語過ぎるし。クリオネちゃん、アラサーじゃないでしょ。恋愛ってこの間言ってた土日祝に会えない彼のことかな。」

と洋子がLINE画面に突っ込んだ後、2つ連投でまたメッセージが来た。

「笑いが不要なところにも、つい入れてふざけてしまう。これは浜の最高レベル特訓算数の5年のテキストの文章題で学んでしまった点です(照れた顔の顔文字)」

「でも、最高レベル特訓理科の6年生のテキストの風の巻と林の巻の表紙イラストもたいがいですよ(笑とハートの絵文字)」

 

私は知っている・・

大阪人がこんなにも一人で勝手にボケる時・・・

それは、悲しみを誤魔化しているサインなんだ・・・

洋子は感じた。そしていきなりLINE電話を栗尾にかけた。

「も、もしもし?佐藤さん?どうされました?」

栗尾がちょっとびっくりしながらワンコールで電話に出た。

「うん、クリオネちゃんと話したいなっておもって。恋愛、なんかあった?」

時間に追われるワーママあるあるで、アイスブレイクなしにいきなり本題に入ってしまう。

 

「はい、やはり既婚者でした。そう考える理由は2つありまして、1つ目は以前ご報告していた土日祝になぜか会うことができずLINEの返信も遅いこと、2つ目は、午前中に、ららぽーとに行ったのですが、3FのDAISOでアットコスメで口コミの良かった『のび〜るアイテープ』を購入したんですね、あ、しじみ目の加工用に。その後も私、3Fをうろうろしてたんです。そしたら、同じ階のアカチャンホンポからお腹の大きい女性と一緒に・・・彼が!たくさんの買い物袋を持って出てきたんです!!……この2つ目の事実から、既婚者だと判断しました」


「いやいや・・仕事の報告みたいに言うけど・・・」

「彼は気づいてなかったので、そのまま私・・・同じフロアの『とんかつ新宿サボテン』に飛び込んだんです。なんで私が隠れるのか・・と悲しくなりました・・・。そして、数量限定の北海道産雪乃国ロースかつ御膳を食べながら『先ほどららぽーとで買い物をしているところを見ました。ありがとう。さようなら(手を振る絵文字)』とLINEしました。まだ既読になっていないのですが、そのままもう会うことはないと思います」


ガッツリとんかつは食べるんだ・・と洋子は思いつつ、でも、平気なフリなのかなとも思った。

「そうかぁ・・・辛かったね・・でも、まぁ、ここで終わることができてまだよかったのかも・・」

洋子は言った。

 

「そうですよね・・・なんか・・・傷が浅いうちの方が。。実は、前回に既婚者だよ、と佐藤さんに予想していただいてたんですけど、どこかで私、そうじゃないんじゃないかなぁ、仕事が忙しいだけか、元々あっさりした付き合いを望むタイプなだけかも、とか、思っちゃったりもしていたんですよね・・・でもちゃんと事実というか、言葉じゃなくて行動を見ないといけないってことがよくわかりました。」

「うん。。そうだね・・・。あの、クリオネちゃんは、早く結婚したいって言ってたけど、結婚はそれがゴールじゃなくて、そこから生活が始まっていくから・・・。結婚後にどんな生活がしたいのか、とか、条件とかじゃなくて、自分がどんな人といたら楽しいのか、自分の望む未来に合うのはどんなタイプか・・・とかはどう考えてる?」

「え・・・」

栗尾はしばらく沈黙した。

 

「確かに私、結婚することしか考えてなかった。結婚するなら社会的なステータスとかルックスとか条件とか良い方がいいかなぁって。

今の自分が出会えている男性の中で、それらの条件が良い人の順に当たっていければいいかなぁって。でも、自分にとってぴったりくる人、とか、幸せになるために選ぶとかは考えてなかったです。」

「うんうん」


「正直、受験も、偏差値高いところで母親が納得する学校だったら良いやみたいな感じで選んでいて。たまたまS天王寺も、東大もとても環境が良かったですし、そこで出会った友人たちも努力できる素敵な人たちばっかりだったから大丈夫だったんですが…、それも本当は志望校とかもそうやって自分の軸で選ばないといけなかったのかもしれないです。今更ですけど。結婚相手はそうします。アドバイス、ありがとうございます!」

「え・・・」

栗尾の言葉に今度は洋子が沈黙した。

 

私・・・私なんて・・・悠斗がVクラスに上がることしか考えてなかった・・・。

志望校だって、とりあえずVに上がって、偏差値表で少しでも上の偏差値が高い学校を第一志望にすることしか考えてなかった。なんとなく、グラウンドが広くて野球ができるといいな、とか、できたら聞こえがいい学校がいいな、とかそんなことしか・・・。ダメだ・・・6年生の親でこんな段階なのって私くらいだわ・・・。

洋子は暗い表情で俯いた。

 

「また相談させてください。長くなってすみません。あと、日曜日の公開も悠斗くんならいけそうな気がします。Vに上がってから、キープするのも大変なのでその辺りも作戦立てていきましょう!あと、そろそろ学校見学とかも予約始まると思うので、頑張ってくださいね!それでは!」

栗尾が何かを察して電話を先に切ってくれた。


うん・・まず公開、そして、学校も調べていかなくては・・確か浜学園アプリで学校見学情報とか通知来てたような。


洋子はその場で自分の母校の大学の附属中学の予約を入れた。悠斗は勉強で忙しいので自分だけ1名参加で入力した。

残数わずかの表示が出ていたが、1名で午前の早い時間の見学会ということもあってか運良く予約できた。

「とりあえずD志社K里の予約はできたけど・・・後の学校とかよく知らないなぁ・・・。」

洋子はそのままスマホから「有名中学合格字典」もポチった。

 

「1月にあった志望校なんとか模試も、アルファ判定はD志社K里とか遠いけどKGとか野球で有名やから大阪桐INとか適当に知っているところを入れてしまってたな。そしてベータ判定で夢のまた夢のNだとか、T大寺とかN大和とか・・もう本当、私ってば見学も行かずにイメージだけで適当だった・・・受験生の母としてダメだわ・・」

悠斗にこれからどんな大人になってもらいたいのか、悠斗がぴったりくる学校、偏差値じゃなくて・・・もちろん偏差値が良いに越したことはないけど・・・悠斗が幸せな未来のために・・過ごす学校・・・

そんなことを考えていると玄関で鍵を開ける音がする。

悠斗だ!

 

「おかえり!」

玄関まで走って来た洋子を悠斗は真っ直ぐな目で見て、迷いなく言った。

「野球、三月末で一旦辞める。でもまた中学入ってやる。中学もどこにいくかちゃんと志望校も決める。けど、その前にそもそも自分が選べる学力がないといけないから・・明日の公開の勉強、今からすぐやるわ!!」

 

洋子は久しぶりにじっくりと我が子を見た。身長もますます高くなってデニムが短くなっている。

靴も買い替えが迫っているようだ。顔立ちも少年から凛々しくなって・・・

そして、自分の考えを持って、行動しようとしている・・


これが成長か。

寂しさもあるけど、私も親としてできるだけのことをしよう!と洋子は思った。

 

続く☀️