朝6時に携帯のアラームが鳴る。

土日も平日と変わらないスケジュールで起床するのが洋子の家でのルールだ。

 

土曜は野球、日曜は悠斗が浜学園の特訓や公開テストがあるため、それまでの時間に少しでも朝勉強をする必要がある。

ゆっくり寝坊してブランチ、といったような独身時代と同じ生活はできない。

 

洋子は起き上がって洗顔したあとシートマスクを顔に貼り付け、ティファールのポットをセットする。

リビングから悠斗の部屋に行って声がけをする。

悠斗がぐずることは全くない。素直に起き上がり、支度を始める。

本当に悠斗は素直でよく頑張っている・・・

 

昨日も浜学園から帰宅して入浴した時点で22時だった。そこから、公開に向けて栗尾が送ってくれた出題されそうな単元に絞り、二人でサイエンスを復習した。

悠斗はハードスケジュールだ…と洋子は思う。

昨日は学校で6時間授業、帰宅しておやつを食べながら「知識分野の達人」でまちがえたところの最終チェック。

洋子の用意した弁当と水筒を持って、一人で電車に乗って浜学園へ向かう。

そして4時間近く浜という名の戦場で、テストや授業で揉まれた後、帰宅。そこから公開のための勉強。


今日は土曜日なのに、朝6時に起きて勉強と野球。

野球から帰ったら入浴と夕食を済ませ、すぐに月曜日のマスターの宿題と公開の勉強・・・


明日も朝6時に起きて公開の勉強の後、公開テスト。

帰宅したらテストの自己採点して学校の宿題して

翌日のマスターの宿題の残りと復テ対策・・・


忙しすぎる・・・

 

洗顔をして顔をタオルで拭きながら、悠斗が洋子に声をかける。

「母さん、昨日のサイエンスの続きで公開の勉強をした後、野球行く前に、ちょっとだけリコーダーの練習したい」


夫婦のホットコーヒーと悠斗のミロを入れながら洋子は

「ええ!?リコーダー?学校、また笛のテストあるの?はぁ、確かに夜はマンションだと練習しにくいし、明日も忙しくて気づいたら夜になってそうだし、うん、まぁ、いいよ。てか学校も副教科でいちいちテストしないで欲しいわ」

と不機嫌そうに答えてしまう。

公開前の今の洋子は「勉強時間以外全て無駄な時間」に思えて仕方ない。


夫が目玉焼きを焼いたり、フルーツヨーグルトを用意している短い時間に、パジャマ姿のまま悠斗は浜学園から配布されている「計算マスター」の今日の日付のページに取り組んでいる。

 

洋子は野球用のお弁当を2つ作り、水筒を用意しながらちらっと悠斗の様子を見る。

塾ではもう6年生なので、悠斗が開く計算テキスト表紙には「6年」の文字が印刷されている。

それを見て洋子はドキッとする。

もうちょっと、5年生でいさせて・・学校はまだ5年生なんだし・・

でも、関西の入試は1月だから・・もうとっくに1年は切っていて・・とっくに受験生なんだ…

焦るな・・

 

保育園の頃から悠斗が好きな、コンビニで売ってる細い安い袋詰めのスティックパン。小さい頃と変わらず美味しそうに食べている様子を尻目に、洋子はサイエンスのテキストの付箋を貼っているページをひらく。そして、トーストをのんきに食べている夫に無遠慮に差し出す。


「昨日、夜に悠斗とサイエンスのレベル4の問題、公開用に勉強してたんだけど・・やっぱりレベル4は難しくて解説動画見てもよくわからなくて。教えてあげて。」

「化学分野か・・OK。じゃあ今日9時には出るから、8時半ー9時はリコーダーのテスト用に練習、でも土曜やからなるべく音出さず指使い中心でな。で、その前は今から30分でご飯と服着替えて、6時半から2時間みっちり理科やるか?」

「わかった。あと、植物と昆虫も栗尾さんが出る予想してくれてるところ、さらっともう1回見ときたい」

そういって悠斗は急いでグビグビとミロを飲み干した。

 

パパも悠斗も休みの日にも朝ご飯もゆっくり食べられなくてごめんね。

でもうちは野球やってるから。他の子は野球の時間も公開の勉強してるから、仕方ないの。

洋子は二人を追い立てるように朝食の皿やコップを流しに片付け、テーブルをアルコールで拭いた。


野球の道具を玄関に準備して、洋子がリビングに戻ると、身支度を済ました二人が「サイエンス」と「自由自在理科」「くらべてわかるできる子図鑑理科」と格闘している。


「塾のテキストはみんながやっている当たり前のこと。良い成績を取るには、その他のテキストもプラスアルファでやらねばならない」

そんな文章をT大寺学園に合格した息子さんをもつママのブログで読んだ。

そうやって積み上げたプラスアルファが、今の偏差値の差なんだろうか・・・悠斗はこれからどのくらい積み上げられるのだろう・・

洋子は暗い気持ちになる。

 

食器を洗いながら、小さくため息をつき、知らない間に「ほんと野球行ってる場合じゃないよ・・」と洋子は独り言を言ってしまっていた。

ほんの小さな声での独り言だったので、悠斗がチラッと自分を見ていたことに洋子は気づかなかった。

 

二人が野球に行った後は、貴重な週末の晴れ間を利用してシーツや枕カバーなど思い切り洗濯をした。

マキタの掃除機を普段ルンバで行き届かない部分にかけたり、窓の拭き掃除や復テのファイリング、夕飯の下ごしらえをこなした。


合間に会社携帯のメール着信音がなったので、ドキッとして確認した。

タイトルが「議事録一部訂正です!!」、目黒のメールだった。

「え、何・・土曜日にわざわざ・・」恐々開く。



「休日にすみません!ご苦労様です、は、目上の人には使ってはいけない言葉でした!!

佐藤さんは僕にとって、大大先輩なのに大変失礼いたしまたm(__)m

正しくは、お疲れ様です、です!


また議事録の中で、営業部がまるで「仕方なしに社内移動で人員を回してくれてもいい」というようなニュアンスで言った感じで書いておりましたが、正しくは、中途採用よりも社内移動で社内事情や取引先との関係、業界について知っている社内人財の方がいいので、むしろ中途でなくて良いとのことです。


※中途だと営業の経験はあっても、その辺りを全然知らない人が多くて使えないので、営業経験がなくてもこむニケーション能力があれば社内の人間でいいそうです。

以上、ヨロシクお願いいたしまあす。

目黒」

 

洋子は思わず笑う。

「もう営業の時のトラウマで休みの日のメールとかトラブル発生かと思ってドキッとするからやめて。どうでもいい内容だし笑!!

目黒くん・・どっから突っ込んだらいいかわからんわ。目黒くんにも知識分野の達人送らないといけないかな。。

誤字脱字、尊敬語、移動と異動、外来語、文章自体も記述テストやったら部分点もらえない感じやで・・・。

人財は、まぁ最近あえて人材を人財って書くからこれはいいのか。普通の変換で人財って出るってさすがそこは人事部やな」

そう独り言を言って、ハッと洋子は忘れていた業務に気づく。


とりあえず目黒に「休みの日にわざわざありがとう。社内の人材もアラサー世代はどの部署も欲しがってるから、営業に回すの難しいかもだけどね・・・。

目黒くんのメールで、昨日聞いた人的資本経営のセミナーレポートをまだ書いてないことに気づけました笑 今からやります\(^o^)/」と、軽いノリのメール返信をした。

なんだかんだ気を使わない仕事仲間はありがたい。

 

食卓で会社PCを立ち上げている合間に、風呂掃除をした。二杯目のコーヒーを飲みつつセミナーを思い出しながらレポートを社内チャットに投稿した。

働き方改革を部門目標に掲げつつ、自分たちが土日に働くことを改善せず、仕事の締切を優先させる人事部員・・自分も謎だなと思いつつ。。。


早速、岡野から「いいレポートです。参考になります。ありがとう」の返信がくる。岡野さんも土曜なのに働いているのか・・・。

「今、大阪城で花見🌸してるので帰ったらレポートみます。でも、酒飲んでるから無理かもしれない笑」と今度は高田から。

「いやいや、急ぎでもないし、もういいよ笑 でも…なんだかんだ仕事の携帯持って、お花見中もチェックしてて…高田さんも結構ワーカホリックだな・・・」

 と洋子は思う。


お花見、か。確かにさっき洗濯ものを干した時、暖かい風が気持ちよかった。もう春か。来年は桜、咲かせたいな・・・。そういえば、昨日岡野さんから京都のお花見誘われたんだっけ・・・色々ありすぎてどうでも良くなってきたけどそれも問題よね・・

人的資本経営、社員を大切にして成長を応援する会社、女性活躍・・・レポートに並べた言葉が白々しくなるほど実態とは乖離している。

常田さんだって・・赤ちゃんは無事だったけど、常田さん自体に業務負担がかかっているのは確かなんだよね・・・。

色々考えることが多いなぁワーママって。

 

今度は洋子のスマホのLINE着信音が鳴った。

見ると夫からだ。

「今、悠斗が監督とチームメンバーに三月末で野球辞めるって宣言した!」

とメッセージが来た。

「なんで!?」

洋子も慌てて返信する。

「四月から新しい学年に上がる前に、と言ってる。」

「監督も友達も引き留めてくれてるけど」

「悠斗の意思は変わらない様子」

「とりあえず、帰宅したら改めて話そう」

細切れに来るメッセージから、夫も驚いている様子が伝わる。

 

私が昨日浜学園の帰り道で余計なことを言ったからかな・・・

洋子はLINEの画面を見ながら落ち込んだ

 

続く🏃‍♂️‍➡️