もう2026年も1か月たちますね。得たものは体重増のみでした。
来月からは毎日を充実させて、やりたいことやってもん勝ち青春なら~♪とうたいながら頑張る所存であります![]()
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中学受験小説「点と線のあいだ~わたしとあなたのテスト~」
初回はこちら:中学受験小説 | 中学受験2025年組のその後と小説
前回までのあらすじ![]()
企業の人事部で働くワーママの佐藤洋子は、浜学園Sクラスに通う小6の息子・優斗がいる。
中学受験塾・浜学園の最上位Vクラス入りをかけて復習テスト(通称復テ)も頑張ったものの・・結果が思わしくなく思わず泣いてしまう優斗。中学受験の伴走と仕事の両立をしなければと決意を固める洋子。
会社の面談中に、産休前の20代社員の常田に「マミートラックみたいな人事部に居て嫌ではないのか」と指摘され、茫然とする洋子だった・・・。
テスト⑬洋子『両立の難易度』![]()
12時10分前になった。
エレベーターが混む前に早めのランチへ向かう社員たちの足音が、廊下から聞こえてくる。
カルティエの腕時計をちらりと見て、常田はいそいそとPCを閉じ、クオバディスの手帳やスワロフスキーのペンを片付け始めた。
「じゃあ、私、だいたい理解できたので、ちょっと早めに失礼します。私、U30の新規事業提案プロジェクトのリーダーやっててぇ、13時からチームのMTGでプレゼンなんです。通常業務も忙しいのにプロジェクトがオンしちゃってぇ、昨日なんて家帰ってから22時までパワポ作ってましたよぉ。あ、これ、人事部の皆さんには内緒にしてくださいね⭐︎今日はありがとうございました。また何かあったらチャットしますんで。あと幼児教育の件も、これから情報交換させてくださいね!じゃ、時間ないんで失礼します!」
一方的にまくし立てて会議室を出ていく常田に、洋子は座ったまま弱々しく会釈した。
「マミートラック」
常田にそう言われてから、頭がぼうっとしてしまい、その後は適当に相槌を打ちながらの説明になってしまった。
そんな洋子の変化に気づくこともなく、常田は
- 同期の男性と社内結婚だが、男性育休はどのくらい取れるのか?
- まだ安定期ではないが、早めにレクを受けたのは準備や調査を進めたいからであった
- この間、栗尾とランチしているのを見た。自分も同じ店にいて、「中学受験」という単語が聞こえた。自分も子どもは受験させたい。洋子の息子は幼児教育として七田や浜キッズ、公文などに通っていたのか?
- 小学校受験についてどう思うか? 大学附属は中学受験より“おいしい”のか?
などなど質問を畳みかけてきたが、洋子が子供の教育についてのノウハウを持っていないと気づくと、ややテンションが下がった様子だった。
「マミートラック」
常田が去ったあとも、洋子は会議室で一人静かに座り込んだ。
昼休みに入ったようで、廊下からガヤガヤとした声が聞こえる。
じっと座っていると、喉の奥が熱く痛むのに気づいた。
ーこれ、前にもあったな……どんな時だっけ。そうだ。営業の時だ。
洋子は記憶を辿る。
栗尾の善意のフォローに頼りきりの、仕事ができない「営業部の失敗作」五反田くん。
そして、五反田くんと比較され「元祖失敗作」と呼ばれた同期の大崎くん。
2人の男性の姿が目に浮かぶ。
大崎は実家の家業を継ぐと言い出し、急に退職を申し出た。上司は激怒し、当時「営業部のホープ」と呼ばれていた洋子に後始末を丸投げした。
大崎と得意先へ担当替えの挨拶に行った時——そうそう。
洋子は思い出した。
古さ満開の社屋、ガラスの灰皿が置かれた応接室。
制服姿の若い事務員の女性が、お茶を出してくれた。洋子と同じくらいの年齢だろうが、何十年も変わっていないデザインの制服が、彼女の若さを殺していた。
10分遅れで部屋に入ってきた得意先の部長は、太ったお腹を無理やりベルトに押し込め、眼鏡が汚れていて立ち居振る舞いも下洗練されていなかった。洋子が名刺を差し出す姿を無視して、大崎に向かって、
「ちょっとぉ、大崎くんさぁ、会社辞めるの? 」
といった。そして洋子を指さしながら
「で、次の営業はこの女の子なの? オタク、うちの会社を軽く見てるんじゃないのぉ」
と笑った。
頭を下げながら名刺を差し出し続け、こわばった顔を隠すため必死で口角をあげた——あの時と同じ。
ーということは……
私は今、泣くのを我慢しているのか?
そうか……私って今ショックを受けてるんだ。
なんか忙しすぎて、よくわからない。
なんだかパワーが吸い取られた気分。
「はぁ、疲れた。でも午後からMTGだから、何か食べとくか……もうBASEでいいや」
洋子は独り言をつぶやき、KOKUYOのフリーアドレス用バッグからストックしている完全栄養食のパンを取り出した。飲み物は水しかないが、もうこれでいい。
その時、ドアをノックする音がした。
「昼休みにごめんね。あの……朝に言ってた件で。今いいかな?」
人事部長の岡野だった。
洋子は恥ずかしそうにパンを持ちながら言った。
「あ、さっきマーケの常田さんの産休レクが終わって、特に問題なしでした。13時半から目黒くんと営業部との要人調整のMTGがあり、時間が少ないので・・本当はよくないんですが、ここでサクッとお昼食べさせてもらいます……笑」
「それはいいけど……朝に言ってたさ、京都の桜の件」
岡野はドアにもたれ、じっと洋子を見つめた。
「京都の桜、日曜日に一緒に見に行けたりするかな?」
ーえ!? 日曜に、桜を? 二人で?
いやいや、そんなわけ……結婚してるし! てか岡野さんも結婚してるよね!?
洋子は喉の痛みも忘れるくらい驚いた。
そしてごまかすように”アナログママの受験手帳”をめくりながら洋子は続ける。
「人事部のみんなにも〈調整さん〉送る感じですかね!? 私から送りましょうか?あ!! 日曜、浜の公開の日だ! あの、息子が浜学園っていう関西では有名な中学受験塾に行ってまして、東京でいうSAPIX的な。それで、今週日曜は月に一回の重要な模試があって、息子は6年生で、クラスアップがかかってて……」
動揺しながら説明する洋子に、岡野は小さく笑って言った。
「そっか……残念だなぁ。急にごめんね。あ、人事部のみんなには特に連絡しなくていいよ。また佐藤さんのスケジュール空いてる時に、ぜひ。本当に・・」
余裕ある洗練された笑みを浮かべる岡野から洋子はサッと視線をそらした。
そして岡野が退室しようとドアを開けたその瞬間、真っ青な顔の常田が入ってきた。
「と、常田さん!?今のきいてた!?」
さすがの岡野も動揺した様子で常田を見る。
洋子も一瞬焦ったが常田の様子がおかしいのに気付いた。
「常田さん、顔色悪いよ。しんどい? 椅子に座る?」
洋子は立ち上がり、自分の椅子を常田に向けた。
不安げに常田が洋子にすがるように言った。
「あの……佐藤さん……さっきトイレに行ったら……その、なんか、ピンクだったんです……」
その言葉を聞いて洋子の表情は一気に固くなった。
「え!? ピンク!? トイレでって言ったよね!? 常田さん、まだ安定期じゃなかったよね!? 」
弱弱しく常田が頷く。
「それは……それは……! 今から一緒に病院行こう! このビルの裏にクリニックあるから! 歩いて行ける距離だから! 岡野さん、私付き添ってきます!!」
ただならぬ洋子の様子に、岡野もすぐ頷き、
「上司には俺から連絡しておく。会議室も片付けておくから、任せて!」
と一気に言った。
ー流石、岡野さん。仕事できる。さっき人格面では株下がったけど……と洋子は思いながら、KOKUYOのバッグと常田の手を握ってエレベーターの方角へ誘導した。
高層ビルの昼休みはエレベーターが上階で満杯になり、洋子の階をスルーしてしまう。
洋子は真っ青な常田に声掛けしながら、廊下を急いだ。
やっと来たエレベーターに、人事部の目黒が乗ろうとしていたが、洋子は3歩前からストップをかけた。
「目黒くん!! ごめん、エレベーター譲って! 今から病院行くの!」
必死の洋子の声に、目黒とランチ仲間の女性陣たちは十戒の映画のようにザっと道を開けた。
「ありがとう! あと13時半からのMTG、私出れないと思うの! ごめん!」
エレベーターに乗り込みながら言うと、目黒は「わかりました! 任せてください!」とメモを書くジェスチャーをした。議事録を送るという意味だろうと洋子は解釈して手でごめんというジェスチャーで返した。
クリニックで常田が診察を受けている間、洋子は待合室の長椅子に腰掛けて待った。
同じマーケ部の常田の夫が、岡野から連絡を受けて走って駆けつけた。
そうだ、社内結婚だと言っていた、と洋子は思い出す。
医師の説明では、2週間ほど自宅安静が必要とのことだった。
常田の夫は洋子の隣に座り、泣きそうな声で言った。
「切迫流産とか怖いです……もう……最近遅くまで仕事してて……ハードな仕事との両立なんて無理じゃないですか……」
その言葉に、確かに——仕事と家庭、育児の両立は難易度が高すぎる、と洋子は思った。
クリニックの椅子が、やけに固く冷たく感じた。
続く😢