ご飯の支度をする前に 100傑の彼女書きます
100傑の彼女
12時半を過ぎるとカフェからは人が徐々に少なくなっていった。
「今日は一応ランチミーティングってことで、あと1時間はゆっくりできるからいいわ〜」
と、田中が桜エビとキャベツのトマトソースパスタを口に運びながら言う。
「本当ですね。最近はセブンのおにぎり片手にパワポ作成みたいなこともありましたし。」
クリオネちゃんも、髪をヘアクリップで無造作に留めて、Diorらしきグロスがとれることも気にせず、ローストサーモンの香草パン粉焼きにマスタードソースを絡めてどんどん食べていく。
クリオネちゃん、意外に気取らないタイプなんだ、と洋子は好感を持つ。
高い天井。窓から太陽の光が入って気持ちいい。シャンデリアもキラキラして綺麗だなぁ。こんなオシャレカフェでゆっくりランチ。なんか癒される。
「ね、たまには女子会もいいもんでしょ。で、クリオネちゃん、今の佐藤さんちの悠斗くんの話聞いて、率直にどう思った?」
田中が切り込む。
「そうですね、できれば今度は公開の結果をお持ちいただきたいな、と思うのですが…お話聞いた感じだと、Vクラスに行くポテンシャルは充分おありと思います」
口角をあげて洋子の方を微笑みながら栗尾がいう。
「えっ!!本当ですか!?どのあたりでそんなふうに思っていただけたんでしょうか・・?」
洋子は思わず敬語になりながらペンネのチューリッヒ風を食べる手を止めて、真剣にクリオネを見た。
「まず、特に幼児教育もなしで、気軽にパンフもらうつもりで行ったら成り行きで浜の入塾テストを受けてすぐ受かってるとおっしゃってましたよね。
浜は他の塾と違ってほぼ全員合格みたいなことはせずに、ちゃんと落とします。
受かる子は事前に公文とかなんらかの勉強している子が多いです。」
「そうよ、うちも、サピックスの上位クラスに最初から入るために、入塾テストで良い点とる用のドリルやったわ」
と田中も言う。
「えっ、先輩、そうだったんですね。恥ずかしいですけど…私、自分が中高公立で中学受験塾とは無縁だったので、そもそもテストがあるってことすらも知らなかったんです…」
私って全然中学受験ママとしてダメダメだなぁと洋子は思う。
栗尾はフォローするように明るく言う。
「でも、結果、受かってますし!さらに皆が勉強を真剣になり始める6年で、野球も続けているのに
クラスアップしているというところも良いと思います。もし、必死でやってて睡眠削ってクラスアップだとまずいですが、まだ余裕ありと思います。
公開の結果を見て、どんなミスをやりがちなのか、毎回間違う苦手な単元はどこかの分析はされてますか?
宿題だけでなくて、並行して苦手を潰して基礎を固めていきましょう。まだ暗記も抜け漏れがあると
思います。暗記は隙間時間を使って今からやってください」
「は、はい!!ちょっと待ってクリオネちゃん、手帳にメモらせて!!」
洋子は慌てていつものアナログママの受験スケジュール帳を取り出す。
田中はそれを見て洋子に優しく言う。
「今度さぁ、夜行かない?私たち、大阪プロジェクトっていう、上の人が勝手に決めた大阪地区の営業強化の謎のプロジェクトの選抜メンバーなの。それで、月に何回かこれから大阪に出張来る予定が
結構入ると思うんだよね。例えば悠斗くんが浜の日の夜とかさ、ゆっくりクリオネ先生の教えを聞くのもいいんじゃない?」
確かにそれもいい方法かも。
「私はとても嬉しいですけど、クリオネちゃん、そんな私のために貴重な大阪の夜を、いいの?」
おずおずと洋子が尋ねる。
「はい、もちろん、そのかわり・・・」
栗尾が肌馴染みの良い明るめカラーで軽やかな印象に仕上げつつも、黒目上と涙袋といった光が当たる箇所のみにラメシャドウを巧みに塗った瞳でじっと洋子を見つめる。
「ま、まさかクリオネちゃん、受験生母の弱ったメンタルに付け込んで高額な相談料とか取っちゃう!?」
横から田中が突っ込む。
「悠斗くんの勉強相談の代わりに、その、わ、私の悩み相談も聞いてもらいたくて・・」
モジモジと栗尾が言う。
「わ、私に!?なんか私で役立つことなんてあるのかな!?あ、人事の仕事の話とかかな?」
ドギマギしながら洋子は尋ねる。
「あ、はい、営業部から人事へ希望で行かれたんですよね。佐藤さんは、すごく営業時代に
いろんな得意先のニーズを掴んで大活躍でみんなが佐藤さんを頼りにしていとは田中さんに伺ってます。
人事に行かれたのは、今の営業部の女性の離職率について改善したいとか問題意識をお持ちだったのかなと推察します。そのキャリアプランについてももちろん伺いたいと思っています。」
キャリアプラン…?問題意識?違うの、全然そんな立派じゃないよ。うちは平日はほぼワンオペになるから、時間の読めないハードな営業の仕事と子育ての両立が自分のキャパでは無理だと諦めて、時間の融通がきく人事に消去法で行っただけだよ。
そう言おうと洋子は思った、が、言葉を飲み込んだ。
そして、田中が自分のことをそんなふうに後輩に伝えていてくれたことにもじんわりと胸が熱くなった。
田中さん、営業の時もいつも庇ってくれた。私の未熟な仕事のフォローをさりげなくしてくれたり優しかった。嫌なことがあった時は明るく励ましてくれた。なのに田中さんが女性初のマネージャーになった時、絶対大変なのに、その下で本当は私が今度は田中さんに恩返ししないといけなかったのに、人事に行ってしまった。
なのに、今もこうして中学受験のことを聞けるクリオネちゃんを紹介してくれている・・・
洋子はチラッと田中を見た。田中はニコニコして苺のティラミスを食べている。
「私が佐藤さんに相談したいのは…」
栗尾が洋子の手を握る。
「婚活です!!私、絶対絶対20代のうちに、めっちゃ良い人と結婚したいんです!私、今月29になってしまうんです。もう時間がないんです!結婚まで無理でも結婚前提の相手をがっちり捕まえたいです!悠斗くんのVクラス入り、いや、100傑入りをサポートしますので、婚活についてご教授ください!!!」
意外なクリオネの申し出に、田中も洋子も何も言えず、ただ栗尾のグロー肌ファンデで完璧に仕上げられたツヤツヤの顔を見つめるだけだった。
続く