11.「ポイント」
「私に出会えた君はラッキーだ。君には特別にこの魔法のカードをあげよう。」
トランプのババみたいなやつがハイテンションで僕に言う。
「これはハッピーカードといって、幸せをポイントにして貯められるカードだ。君が誰かを幸せにすれば自然にポイントが貯まり、貯まったポイントは君自身の幸せと交換できる。」
ババは右手に持っていたステッキをクルクルと回すと僕の方に向けた。
「これで君の幸せは約束された。君にはバラ色の人生が待っている。」
ババが高笑いしながら空に飛んでいき、そして見えなくなったところで…
目が覚めた。
昨日飲み過ぎたせいか、変な夢を見たもんだ。
確か帰りにポカリ買って帰ったんだっけ。
そう思って布団に入ったまま手探りでポカリのペットボトルを探していたら、ペットボトルとは違うものが手に当たった。
何か薄くて硬いもの。
手にとってみると、それは「ハッピーカード」と書かれたカードだった。
俺はババの言うことを信じ、日々の行動を変えてみた。
落ちているゴミを拾ったり電車で席を譲るなんてことはもちろんのこと、頼まれていないのに公園の掃除をしたり、お年寄りの荷物を持ってあげたり、泣いている迷子を交番まで連れて行ったり、時には酔っ払い同士の喧嘩の仲裁までもした。
「ありがとうございます。」
「兄ちゃん、助かったよ。」
「なんとお礼を申し上げていいのか…。」
「あなたのおかげです。」
いえいえ、礼には及びません。
だってこれは俺のポイントを貯めるための親切なんだから。
俺の幸せのために、あなた達もみんな幸せにしてあげましょう。
「どうしたんだよ?お前最近なんかおかしいぞ。宗教か何かにでもハマってんのか?話聞いてやるから飲みに行こうぜ。」
そうだな。そう言えば最近全然飲みに行ってなかったっけ?
「実はな、俺すげぇいいもん貰ったんだ。お前だけに特別に教えてやるよ。」
このハッピーカードを、久しぶりに会う飲み友達に自慢してやろう。
「何だよ、すげぇいいもんって?万馬券でも拾ったのか?」
万馬券なんてもんんじゃない。このハッピーカードのことを知ったらきっとこいつ驚くぞ。
「この魔法のカードさ。こいつはハッピーカードっていって、人を幸せにするたびにポイントが貯まってくんだ。」
俺は興奮して続けた。
「それでな。ポイントが貯まると自分の幸せと交換できるんだぜ。」
目の前の友達は口を開けたまま俺を見つめている。そんなに驚いたか。
「お前、そのカード…」
お、何だ何だ?お前もこのカードが欲しいのか?
「このカードはな、夢の中でババにもらったんだ。これさえあれば俺の幸せは約束されるんだぜ。何しろ幸せがポイントとして確実に貯まってくんだから。」
こいつが羨ましがるなら、貯まったポイントをちょっと分けてやってもいいな。そしたらまたポイント貯まるかな?これだから親切はやめられないぜ。
「そのカード、この前俺と一緒に飲んだ時に拾ったカードだよ!よく見てみろよ。ただのスーパーのポイントカードだ。」
友達に言われて、俺はカードの裏側をよく見てみた。確かに「ハッピーカード」とは書かれているが、その下には近所のスーパーの名前もきっちり書いてる。と、いうことは…。
「何がババにもらっただよ。お前は酔っ払って夢でも見てたんだよ。」
大笑いしながら言われて、思い出してきた。そう言えば確かにあの夜このカードを拾った気がする。
酔っ払って見た夢を信じて、俺は慣れもしない親切をしていたのか。
自分の幸せという見返りを求めて。
「お前の頭の中の方がよっぽどハッピーだよ!」
なるほど、こいつは上手いこと言うな。
あーあ、確かに俺バカだったなー。そりゃそうだよな。よく考えたらそんなカード本当にあるわけないか。
…なんてガッカリしてたら、後ろの方で突然大きな嫌な音がした。驚いて音の方を見てみると、店員が酒を運ぶ途中でお盆をひっくり返してしまっていた。
「あ、大丈夫ですか?」
ついつい最近の癖で、俺はテーブルの上に置いてあったおしぼりを持って店員に駆け寄った。
転がっているグラスを拾って、濡れた床をおしぼりで拭く。
あ、俺なんでこんなことしてんだろ?
「あの、ありがとうございます。」
大学生くらいの若い姉ちゃんが俺に言った。
「あ、いえ。別にこれくらいのことは。グラス割れなくて良かったですね。」
またもやついつい癖で俺は答えた。
「はい!ありがとうございます!」
ありがとうございます、か。
最近よく言われた言葉だけど、こういうこと言われるのも悪い気分じゃないな。
ハッピーカードは偽物だったけど、目の前の笑顔を見ていると、どこかで俺の幸せのポイントがひとつ貯まったような気がした。