clover 3話 『忘れな草』 | enjoy Clover

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clover 3話 『忘れな草』

 

 

 犯人の顔を見た瞬間、殴ろうとして振り上げた手が止まった。家を留守にしていた間に空き巣に入っていたのは、汚らしい格好をした女だった。歳は十三、四歳くらいといったところか。女だろうが子どもだろうが、空き巣に入ってきた泥棒に容赦するつもりなんてなかったが、こいつの顔を見た瞬間、つい手が止まった。もし娘のカレンが生きていたら、たぶんこのガキと同じくらいの歳になっていたはずだ。

 

「おい、ガキ。お前、歳はいくつだ?」

 「ガキじゃなくてペニィ。歳は十三歳。」 

人の家に空き巣に入っていたというのに、このガキは一切悪びれた態度は見せなかった。まるで「自分は悪くない」とでも言わんばかりに俺の方を睨みつけてきやがる。

 「じゃあペニィ、おとなしく盗んだものを全部出せ。それから両親の名前と家の場所も教えろ。」

 ペニィとかいうガキはさらに強く俺の方を睨みつけた。だけど、その視線が訴えているのは恨みや憎しみではなく、悲しみや寂しさのように思えた。事実はどうか分からないが、少なくとも今の俺にはそう見えた。ペニィは俺の方に右手を差し出すと、閉じていた手を上に向けてゆっくり開いた。

 「盗んだのはこれだけ。家はずっと東の方で、お母さんはもうだいぶ前に死んだ。お父さんは知らない。」

 

 どうやら、単なる遊びや悪戯で盗みに入ったわけではなさそうだ。おそらく本当に、生きるために金か食料が必要だったんだろう。だからと言って、泥棒行為が許されるものではない。しかも、よりによってペニィの手の中に入っていたものは、俺にとって一番大切なものだった。だけど…。

 「残念だが、そんな指輪なんて誰も買い取ってくれねぇぞ。それは俺の娘の玩具だ。」

 ペニィはため息をつくと、玩具の指輪を床に置いて家を出ていこうとした。俺は黙ってペニィが置いた指輪を拾った。俺はペニィを引き止めて役人に突き出そうとは思わなかった。決して同情したからではない。ただ、これ以上こんなガキに関わるのが面倒だっただけだ。ペニィが玄関のドアに手をかけたその時、ペニィの腹の虫が大きく鳴いた。

 「おい、待て。」

 俺がペニィを引き止めたのは、決して同情したからじゃない。

 「飯、食ってくか?」

ただ、このガキが腹を空かせていたからだ。 

 

 

 誰かと一緒に飯を食うなんて、久しぶりだった。俺もペニィも、ただ黙って飯を食う。俺はワインを、ペニィはミルクを飲みながら。グラスをテーブルに置く音とシチューを啜る音だけが、時々テーブルに響いた。

 

 「奥さんと娘さんは、まだ帰ってこないの?」

 ペニィが突然口を開いた。俺はグラスに残っていたワインを飲み干してから答えた。

 「帰ってこねぇよ。妻も娘も、2年前に死んだ。娘は生きていればお前と同い年くらいのはずだ。」

 一瞬ペニィの手が止まったが、すぐにまたシチューを食べるために動き出した。少しの沈黙の後に、ペニィはもう一度口を開いた。

 「どうして、私にご飯を食べさせてくれるの?私が、娘さんに似ているから?」

 娘にしてやれなかったことをこのガキにしたからって、今更何かが変わるわけじゃない。そんなことは分かっている。それに似ているとしたら…。

 「娘じゃない。どっちかというと、お前は今の俺に似ている。」

 

 食事を終えたころ、外はもう日が暮れて暗くなっていた。ペニィに「今夜は娘の部屋に泊まっていけ」と言ったら、少し考えた後で「そうする」と答えた。そういえば、家はずっと東の方と言っていたな。もしかしたらペニィは、毎日その日の寝床も決まっていないような生活をしているのかもしれない。

 

 

 夜更けに目を覚ました時、ペニィが一人で寝ているはずの部屋から何やら話し声のような物音が聞こえてきた。ペニィが寝ぼけているのだろうか。俺は気づけば娘の部屋の前に立っていた。

 

 「ペニィ。お前が盗もうとしていた指輪はな、何の価値もない玩具の指輪だ。だけど、俺にとっては大切なものなんだ。何よりも、価値のあるものなんだ。」

 

 口が勝手に、思っていることを言葉にする。久しぶりに飲んだワインのせいだろうか。

 「カレンの服なら、着れるものがあれば何でも好きに持っていけばいい。お前に着てもらえるのなら、いつまでもこの部屋にあるより、その方がきっといい。」

寝ぼけているのは俺の方かもしれない。いや、きっとワインのせいだな。それとも、もしかしたら俺は夢でも見ているのだろうか。

 

 

 翌朝目が覚めた時、ペニィはもういなかった。代わりにテーブルの上に、短い書き置きと冷めたオムレツが置いてあった。

 

 「昨日はありがとうございました。

娘さんの服、ひとついただいていきます。

 

これが、私の最後の盗みです。もう、泥棒はしません。

 

 

 

オムレツ、作ったので食べてください。

私がお母さんから教わった、唯一の料理です。」

 

 

 ペニィ、やっぱりお前は、俺に似てるよ。不器用で、素直になれないくせに変なところは律儀で…。もし、カレンが生きていたら、お前といい友達になれたんじゃないかな。

ペニィの書き置きを折り畳んでカレンの指輪の入っている引き出しの中に入れると、俺は冷めきったオムレツに手を伸ばした。



(つづく)

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原作楽曲:山瀬亜子『忘れな草』