浜ロンの27年前の記憶を辿って
ひょんな事から光が丘に来た。ここには一度だけというか、一時期だけ来た事がある。27年前、19歳の私は工事現場で大理石を貼っていた。その時に来た以来だ。
光が丘と聞くと必ず思い出す記憶がある。ある建物の事だ。
大理石を貼っていたと言っても、手元と呼ばれる若い衆はまだ職人ではないので、専ら石に穴を開けたり、石を固定する為のダボ穴にステンレスを入れて用意するとか、石を運んだりとか、その程度の簡単な作業を任されていた。
そのダボ穴を開ける作業の時に、ドリルで石を貫通させるミスをした。幸い隣の石と模様が繋がっている石では無かったから良かった。模様が繋がっていると、周りの石も総取っ替えになってしまうからだ。ジグソーパズルのワンピースが欠けた感じと言えば伝わるだろうか。
そしてその開けてしまった穴は小さかったので、今は亡き親父が補修材で全く分からない様に直してくれて、無事に貼る事が出来た。
しかしもう、ドリルの作業をミスしない位の腕にはなっていたので、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。その苦い記憶が今でも頭にこびりついている。あの貫通させた瞬間の嫌な気持ち。
折角近くに来たんだからその建物を見に行ってみる事にした。記憶は正しいのか。イメージとの差異はどの位か。
近くに着くと、うっすら記憶は蘇る。しかしハッキリとした確信は無かった。その場所が高台になっている為、下の通りを覗いて見渡してみると、間違いない!あの狭く木々に囲まれた通りは私が当時ワゴンを運転して通った道だ。
しかし肝心のその石の場所が見つからない。映像としてその現場の雰囲気はハッキリ覚えているのに。おかしいなと思いつつ、もう一つ隣の建物をぐるりと回ってみる。
あった!間違いない。この傾斜、この手摺。ここで間違いない。27年という月日でもしっかり記憶に刻まれている。記憶が曖昧になってしまうのは、工事現場はその時は完成していない訳だから、下はただの土だったり、養生が貼ってあったりで、完成の雰囲気とは随分違うからだ。しかしこの場所で間違いない。
立派な完成された建物を数分懐かしみながら眺め、ではそろそろ帰ろうと数十メートル離れた時ふと、やっぱりもう一度見ておこうと思い、戻った。
その時目に飛び込んできた。
─あの穴だ。
27年経過し、当時完全に補修されていた部分が剥がれ落ち剥き出しになっていた。
そこを擦った。今すぐ補修したい。幸い目立たない位置になってはいるが、それでも補修したい。そしてやはりこの記憶はこんなにもきちんと苦い記憶として刻まれていた。
石の角度とか、どうやって起きたミスかも覚えている。申し訳ない。直したい。
以前親父と話した時に「この仕事はあちこちに、自分の造った物があるから良い」と言っていた。大袈裟に言えば作品を残した、みたいな気持ちだろう。私は職人時代は二年位だが、それでも少しそういう建物がある。そして建物だけでなく、その時の親父や仲間の記憶と共に。
歳を取る事はそんなに良い事ではないのかも知れないが、この27年ぶりに見る、という行為は長生きしないと出来ない。それは長く生きてきたご褒美なのかも知れない。
しかし今回は苦い記憶だが。
あの小さな穴は、石だけではなく、私の心にも開いていたのかも知れない。