朝早くから、蝉が元気よく鳴いている。
あの小さな体の、どこにそんな力があるのかと思うほど、大きな鳴き声が夏の朝に響き渡る。
66年前の今日、広島市に原子爆弾が投下されて、街は壊滅状態になった。
66年経っても、被爆者の人たちは当時を振り返って涙を流す。
街はその傷跡を隠し生まれ変わってっも、人の心の傷は消えずにいつまでも痛む。
66年経っても、被爆者の人たちは当時を振り返って涙を流す。
街はその傷跡を隠し生まれ変わってっも、人の心の傷は消えずにいつまでも痛む。
広島市で暮らすようになって、もう24年が経った。
仕事で訪問した先で、高齢者の方々から戦時中や終戦後の話を聞く機会もある。
想像を絶する環境で、命懸けの日々。
僕らなら、到底生きていられそうにもない、過酷な生活。
それを伝える人たちは、年々減るばかり。
人類が犯した大きな過ちなら、なおさら語り継がなければならないはず。
つい先ほど、平和記念式典のテレビ中継を観ていた。
いつまでも風化しないでほしいと、僕は祈った。
ある長崎出身の歌手が、同じ原爆被害を受けた都市、広島に向けて歌った。
『広島の空』
♪~
その日の朝が来ると 僕はまずカーテンを開き
既に焼けつくような陽射しを 部屋に迎える
港を行き交う船と 手前を横切る路面電車
稲佐山の向こうの入道雲と 抜けるような青空
In August nine 1945 この町が燃え尽きたあの日
叔母は舞い降りる悪魔の姿を見ていた
気付いた時炎の海に 独りさまよいながら
やはり振り返ったら 稲佐の山が見えた
もううらんでいないと彼女は言った
武器だけを憎んでも仕方がないと
むしろ悪魔を産み出す自分の
心をうらむべきだから どうか
くり返さないで くり返さないで
広島の空に向かって 唄おうと
決めたのは その時だった
今年のその日の朝も 僕はまずカーテンを開き
コーヒーカップ片手に 晴れた空を見上げながら
観光客に混じって 同じ傷口をみつめた
あの日のヒロシマの蒼い蒼い空を思い出していた
In August six 1945 あの町が燃え尽きたその日
彼は仲間たちと蝉を追いかけていた
ふいに裏山の向こうが 光ったかと思うと
すぐに生温かい風が 彼を追いかけてきた
蝉は鳴き続けていたと彼は言った
あんな日に蝉はまだ鳴き続けていたと
短い生命 惜しむように
惜しむように鳴き続けていたと どうか
くり返さないで くり返さないで
広島の空に向かって 唄ってる
広島の空も 晴れているだろうか
くり返さないで くり返さないで
広島の空に向かって 唄ってる
広島の空も 晴れているだろうか
~♪