ベビ太の保育器は小児科先生、何人もの助産師さんに取り囲まれてました。

救急車に乗るために、病室の出入り口で待機状態。


ベビ太はグッタリと固く目をつぶって微動だにしない。

その姿に私の涙があふれ出て、すぐにグチャグチャ。


一人の助産師さんが「ベビ太ちゃんを触ってあげてください」と

保育器の2つの小さな窓を開けてくれる。

頭や体、手足を撫で続けるが、やはり全く反応が無い。

ただただベビ太の体が温かくて、その体温が私には救いでした。


こうなった以上、いち早くNICUへと思っていた私は「もう大丈夫です」と言い

ベビ太は廊下に運び出されて、救急車の到着を待つ。

ここから救急車のストレッチャーが到着するまで10分もかからなかったと思うけど

私にはすごく長く感じました。


「少しでもベビ太の姿を残そう」と思って、ストレッチャーを待つ間

デジカメのムービーでベビ太を撮影していました。

動かないベビ太ですが、動画で残したかった。


横で母が「こんなにかわいい顔をして。元気に産まれてきたはずなのに…」と。

私も昨日一緒に過ごした平和で幸せな時間を思い出して、

ただただ泣くしかできませんでした。


そこへ「救急車が到着しました!」の連絡

すぐにストレッチャーに保育器が乗せられ、

点滴なども一緒に運べるようセットされました。

この間も大泣きしながら、ずっと動画撮影している私、

今考えると、変な図だったろうなーと思います。


1階の救急出入り口まで一緒に降り、救急車に乗るベビ太、母親、

そして小児科先生を見送る。

ベビ太は同じ姿勢でグッタリしたまま、その姿を脳に焼き付けました。


救急車はすぐには出ず、その時間がまたもどかしい。

「早くNICUに行かないと!」という気持ち。

助産師さんに「なかなか出発しないんですね」と言ったら

「中で救急士が状態確認をしてるんだと思います」とのこと。


その説明の通り、救急士が一度救急車の後部から降りてきて

「では出発します」と一言。

そしてサイレンを鳴らして病院を出て行きました。

この時点でお昼の1時過ぎだったと思います。


この時に撮影した動画は、

ベビ太の容態が落ち着いた今も見ることができません。。。








点滴されながらもベビ太が元気なのに安心して

私自身も点滴や体調確認が必要なために病室に戻る。

(帝王切開だったので、抗生物質の点滴や傷のチェックなどがありました。)


こんな状況だけど、おっぱい出すためにも

毎回ごはんをしっかり食べなくちゃ、という考えもあり

その後は私自身も忙しく、あっという間にお昼近くに。

朝の元気なベビ太の様子を見てるので、この間は普通に過ごしました。

もちろん心配は常に気持ちの中にあったけど。


11時過ぎに突然また小児科先生が病室にやってくる。

少し遅れて助産師さんも入室。

「ベビ太ちゃんの点滴がはずれて液漏れして、また血糖値が下がりました。

 もう高濃度の液を静脈への直接点滴(IVF)しないと持ちません。

 ここでは無理なので、NICUのある病院に転院させます。」


点滴はずれて液漏れなんて病院の責任じゃないのか?と思ったけど

手で赤ちゃんの細い血管だと、動きがあるとどうしてもはずれることがあると。

また高濃度の点滴は末端の血管からは入れるのが無理とのこと。


「ベビ太のそばに行きたい」と言ったら

「今は処置中で病院側の人間がたくさんいるのでダメ」と言われる。


「とにかくベビ太の症状で受け入れてくれるNICUのある病院を探します。

 時間がどのくらいかかるか、場所がどこになるか全くわからないけど」

と慌しく小児科先生が出て行く。


その後助産師さんが私を励ますために何か言ってけど

いま何を言われたのか全く思い出せず。。。

記憶がすっ飛んでます。


とりあえずダンナに連絡。

でも客先出張中なのでリアルでは連絡が取れず…

30分ほど後に電話で状況説明したら、さすがのダンナも深刻状態に。

いつも気楽なダンナが深刻になると、私もより情緒不安定になり

ベビ太がどうなるのか、怖くて怖くてたまりませんでした。


この後すぐに母親がお見舞いに来て、事情を話しているうちに

涙が出てきて止まらなくなる。

(それまではあまりの事に涙が出なかった)


ベビ太の容態の変化、小児科先生の診断、

先天性異常もしくは重篤な疾患の可能性、転院のこと

ベビ太に大きな異常がある場合の家族への影響・・・


でも姉御肌のところがある母親は

「しょうがないじゃない、

障害があったって今の時代は大丈夫よ!」

そして

「母親はこういう時に自分を責めるけど、責めないほうがいいわよ」

と言ってくれました。

でも…母親にも相当なストレスがかかっていたことは後日わかるんですけどね。

とにかく母親が聞いてくれて、ベビ太を肯定してくれて

少し救われたってのはあったかな…と思います。

その時はあまりの混乱に「救われた感」を実感することは無かったけど。


1時間強くらいたった後に、小児科先生が病室に来て

「ベビ太ちゃんの転院先が決まりました。

 隣駅の大学病院です。すぐに救急車が来ます。」とのこと。


NICUが満床であることが多い現在、

早めに病院が見つかって

しかも車で5分ほどの病院に転院できたことは

不幸中の幸いだと思いました。

(救急車だと3分くらいの距離)


また助産師さんが来て、「お父さんは来られませんか?」と言う。

転院するのに親族の付き添いが必要だけど

私が術後3日目のために外出許可が出せないので

お父さんに来てもらった方が良いと…

でもダンナの出張先は病院から2時間半はかかる…

とても転院に間に合わない。

「すぐ近くだから私が行く」と言ったのだけど、助産師さんは首を振るばかり

ということで、高齢な母親が付き添うことになりました。


そして私と母親で、助産師さんに先導されながらベビ太の元に向かいました。


病室に戻り

ダンナに状況報告のながーいメールを書いて送信、

で、そのレスは「低体重なだけだよ、大丈夫!」のみむっ


一緒に悲観的にならないダンナに結婚してから何度も救われてるんだけど

一緒に辛さをわかちあえないのもどうよ、というストレスが。。。

なので、ひとりで先生の話やベビ太の様子を思い出して涙するのみしょぼん


6時頃にベビ太の様子をまた見に行くと

小児科先生がいたので話を聞く。

「ぶどう糖の流量を増やしたら元気になりました」ということで一安心DASH!


だけど

「点滴をしないと体が保てないのは、低体重のせいじゃなくて

やはり重篤な疾患があると思います。

それが何なのか…

とりあえずこの病院でも血液検査はしてみるけど

先天性異常は300以上あると言われていて、

病名、原因の特定だけで1ヶ月以上かかるかもしれない、

その後の治療にはどれだけかかるか全くわからない」

と言われる。


その時に思ったのは「せめて症例の多い病気であって欲しい」でした。

患者数が少ない病気だと、扱える病院も日本で1箇所、

扱える先生も日本で一人という状況らしいので。

症例が多ければ対処方法もわかってるだろうし、薬もあるだろう…


色々な小児科先生の話に、

ベビ太は薬無しでは生きていけない

と私はこの時点で覚悟しました。


ぶどう糖を増やしたベビ太の様子を見に行くと

目をパッチリ開けて、手足をバタバタ動かして

生後最大に元気でした。

初めて両目を開けた顔を見たよぉ音譜

目が細いぞ…ママのじぃちゃんに似たか!?


とにかく元気になったので、

嬉しくて先生に「ありがとうございます」と何度もお礼。


薬が必要であっても、服用すれば普通の生活を送れるんだったら

それでいい…そう思いました。