九工大OBのまちづくり日記 in 飯塚 -2ページ目

江戸マッチョ 4周年

3月29日に、福岡市東区にある「江戸マッチョ」というお店の4周年記念パーティーに参加しました。
http://ameblo.jp/cafeedomacho/entry-10844676650.html


このお店は、YURIさんというアーティストがされているアートカフェで、店内は作品がいっぱいです。

YURIさんには、お兄さんが2人いるのですが、この3兄妹が実に型破りというか、枠がないのです。
 (YURIさんの作品は、文字通り、枠がない!)


長男の吉永拓哉さんは、最終学歴少年院で、現在国際ジャーナリスト。
本も複数出版されています。


次男のよしながこうたくさんは、絵本作家で、兄の拓哉さんをモデルにした「給食番長」シリーズは、絵本としては空前の30万部超。
子ども達やお母さん方には有名な作品になっています。


メインイベントは、そんなご兄弟を育てられた、お父さん、吉永正義さんの最後の講演。
途中、長男拓哉さんにバトンタッチし、大笑いしながらも、感動のあるお話を聞かせていただきました。


南米に移民した日本人がどれだけ現地に貢献し、尊敬されていたのか、
そして彼らが、「使命感」を持って、誇りを持って働いていたのだということが強く伝わってきました。


そういった人たちの生き様が、日本の若者に伝えられていないのは、とてももったいないことだと感じます。


同時に、


自分は、どれだけ本気で仕事に取り組んでいるだろうか?
どれだけ真剣に自分の命の使い方を考えているだろうか?


そんなことを考えさせられました。


そして、長男拓哉さんの骨太な生き方。
世間の常識からは考えられないキャリアパス。
そんな生き方、しちゃっていいんだ!


日本の若者に、是非聞いて欲しいお話でした。
(録画あります→ http://www.ustream.tv/recorded/13675041  )


お仏壇のはせがわの長谷川会長も、いつも通りの熱いスピーチ健在でした。

学校の成績は信頼できるか? ▼大学生のみなさんへ

評価というのは、常に難しいものです。


企業でも、人事評価の仕組みをどうするのかは、大きな課題です。
なぜなら、人を評価するための公正な評価基準を作るのが難しいから。


販売成績だけで評価できない、見えない部分の貢献を計るものさしを作るのは簡単ではありません。
ある成果が出るための原因は、様々な要因が関わっていて、因果関係は簡単に表せないのです。


ところで、学校での評価は多くの場合テストの成績によって行われています。


みんなが、同じ問題、同じ条件でテストを受け、その結果が数値化されます。
順位もバッチリ出すことが出来ます。


テストの成績は、一般的に客観的で合理的なデータとして認識されているように思います。

だからこそ、重視され、評価や採用の場面で活用されていますし、
学生たちはテストの点数に、一喜一憂するのでしょう。


数値化されると、客観的なデータのような気になってしまいますが、


果たして、本当にテストの点数はいつも合理的なデータなのでしょうか?


厳密に考えると、テストによる評価の信頼性には、疑う余地が充分にあると思っています。
まず、テストの作成段階で、以下のような主観が混じっています。


■どのような問題を出すのか、問題の選択


 → 人によって、得意なパターンの問題、苦手なパターンの問題が違います。
   それらが、網羅的に出されるなら公正ですが、現実的にそうできないケースが多いのではないでしょうか?
   ヤマが当たる、外れるという現象が起きている事実は、信頼性がある評価方法だといえるでしょうか?


■どの問題を何点にするのは、配点の選択


 → 10点の問題と20点の問題を比べたとき、本当に2倍の価値があるのでしょうか?
   その配点は、誰がどのような基準で決めたのでしょうか?
   そこには、テスト作成者の主観によるバイアスがかかっています。



クイズ番組で、最後の問題だけ「特別に○○ポイントです!」と、誰もが逆転優勝できる配点にする場面はおなじみです。
また、出題される問題も、番組が面白くなるように、特定の回答者に有利になる問題が選ばれることもあるでしょう。


クイズ番組と学校のテストを一緒にしてはいけませんが、わかりやすいので例として挙げました。
同じ問題を、同じ条件で回答し、結果が数値化されていますよね。


学校のテストや資格試験ではできるだけ公正を期すように、客観性のあるようにテストが作られているはずから、
その結果には、一定の信頼性があるものだとは思います。
それでも、人間が作ったテストです。
いくら作成者本人が注意したとしても、バイアスがかかってしまう可能性は否定できません。


つまり、何が言いたいのか。

テストによる結果は信頼できません、
ということではなく、
テストの結果に必要以上に振り回され過ぎないようにしましょう、
ということです。


■理解度を確認する目安としてテストを活用するのは”あり”
■成績至上主義は”なし”


教育の現場では、テストは、他者と比較するためよりも、自分の成長を確認する(過去の自分と比較する)ために使う方が健全だと思います。


他者との競争がモチベーションになることもありますが、それだけに偏重すると弊害が大きくなります。
教育において、本当に大切なのは、他者に勝つことよりも、昨日の自分を越えることだと思います。


テストの点数より、実力をつけることを大切にしましょう。
長い人生、一発勝負ではなく、本当の実力が試されるのですから。

風評被害 と いじめ について

風評被害の怖いところは、間違った事実を
正しそうなことだと思い込んでしまうことだと思います。


小学校低学年の時、みんなが「あいつきたない」って言うと、
ホントにきたない気がしてました。

先生が、いくら「きたなくないよ」って言っても、
やさしい女子が「きたなくないよ」って言っても、
やっぱり触れると自分もよごれるのではないかと、
その子の近くに行くと、なかば恐怖に近い感情が起きたことを思い出します。

おどろくべきことに、そのときの自分には、加害者だという意識はなく、
むしろ自分は、よごされる危険のある被害者だとまで思っていました。

他の友達に「近づかない方がいいよ」と、善意で伝える始末。

笑えない思い出。
今思い出すと本当に恥ずかしい、悔やまれる思い出。

本当に、申し訳ない。


 ・加害者本人に罪悪感がなく、浄化作用が働きにくい。

 ・むしろ恐怖感や正義感で被害を広める。

 ・恐怖感が強い間は、正しい情報を得ても、軌道修正が効きにくい。


それが風評被害の恐ろしさだと思います。


そして、このことがわかっていても、それでも僕には、間違ってしまう可能性を
完全には排除できないのです。

自分の臭いには、自分で気付くことが出来ない。

特に、恐怖や不安という感情にとらわれている間、
自分の間違ったパラダイムには気付きにくいのです。


メンターやコーチや仲間がいる意味のひとつは、ここにあると思います。

自分の臭いは、ちゃんと鼻のセンサーが臭い分子をキャッチして、
脳に信号を送っているはずなのに、なぜか気付けない。

自分が間違っているのではないかと、自己批判をしようとしても、
それを判断するものさし(価値観)やメガネ(パラダイム)自体が
自分流にゆがんでいるので、対象物のゆがみに気付けない。


ゆがみを自分の代わりに、教えてくれる存在は、とても大切だと思います。


(エイプリルフールに、愛を込めて)

子育てメモ

学生時代、たしか直方市で開催された吉岡たすくさんの講演会で聞いた言葉

「乳児は肌を離さずしっかり抱け、
 幼児は肌を離して手を離すな、
 少年は手を離して目を離すな、
 青年は目を離して心を離すな」


今、この言葉に再度触れて思うこと。

青年についての部分、「放任」「子どもの意思を尊重する」の違いがよくわかる言葉です。

そして、自分の子どもが生まれたら、青年になったとき、目を離せるように育てよう。


自分の子どもが信じられないとき、親は過保護になる。
子どもの底力を信じるためには、人間として大切なことを伝えたという自信が必要。
人間として大切なことを伝えた自信とは、自分がそのような生き方をしてきたかどうか。
毎日の言動が子どもに伝わっている。それは誤魔化せない。


よく言われることですが、結局、子育ては自分育てでもあるというのは、
きっと、こういう意味もあるのでしょう。


親になるって、大変だ。
改めて、両親に感謝します。

僕は、比較的、いや、かなり自由にさせてもらっていたけれど、
あなた方の育て方は、放任ではなかったと思っています。

ありがとう。


あ、まだ子どもが生まれる予定はありません。

父さん、母さん、もしこれを読んでも、勘違いしないで下さい。
あとでがっかりするだけですので。

サークル活動の選び方 ▼新大学生のみなさんへ

mixiで、ある九州工業大学の新入生が「サークル選び、どうしたらいいでしょうか?」
という主旨の質問があったので、でしゃばって回答しました。


このブログにも、加筆、修正した上で転載しておきます。

長いです。ウザいです。


--- ここから ---

他の回答者の方もおっしゃるように、
大学生活において、好奇心積極性を持つことはとても大事です。


いろんなところに顔を出してみて、
自分にぴったりなグループを見つけてくださいね。


○○さんは、しっかり向上心を持っている方のようですので、
単に楽しむだけのサークルだけじゃなくて、
目的を持って、それなりに本気で何かに取り組んでいるところ
参加するのが良いのではないかと思います。


僕の知ってるところでは、学生自治会執行委員会、工大祭実行委員会、
生協学生委員会、新聞会あたりですかね。

地球っ子ネットワークとか、科学実験クラブとかもいいでしょう。

あと、本気系の部活(最近、どの部がそうかわかりませんが)

もちろん、無理して興味の持てない活動をする必要はないと思います。


自分で作っちゃうという手もありますが、それは少し先のでもいいかな。
なぜなら、サークル作るのはいつでもできるけど、新入生として入部するのは、今しかできないから。


そして、尊敬できる先輩と出会えるかどうかってのが、結構大切だなーと思います。


先輩や先生、その他社会人との付き合いは、世界を広げるチャンスです。

面白い先輩、尊敬できる先輩がいるかどうか。
これはある程度付き合ってみないとわからない部分もあります。


僕の場合、元々めちゃ体育会系だったのもあって、オタク系の先輩に対して


「うわっ、なんだこの人」


と最初は侮蔑にも近い感情を持っていたのですが、(ごめんなさいU先輩)
随分と衝突しながらも、しばらく関わって意見を交わすうちに、
すごく深くものごとを考える人なんだということがわかってきて、
気が付くと尊敬の念が芽生えていました。


もちろん、だからといって、その先輩の意見にいつも賛成できたわけではないです。
意見の違いはあるのです。
だからこそ、何かをしようと思ったときには、その先輩の意見を聞きたいと思ったものです。


こういった経験から、【踏み込んだ人間関係】を作る力って、
自分の世界を広げ、人間としての幅を広げるために、大切なんだなと感じます。


お互いに踏み込むというのは、少し怖いことかも知れません。
時には対立が起きたり、傷つくこともあるかも知れません。


ですが、社会に出て活躍できるのはそういう経験を積み重ねて、
『人間力』を磨いてきた人物です。


僕は、九工大生の就職活動の相談に乗ることがありますが、

大学時代、与えられたことだけ上手にこなしてきた先輩、
自分にとって快適な範囲の人とだけ関わり、
友達とも快適な範囲でだけ付き合い、
面倒くさいことや損な役回りからは上手に逃げる、

といったような先輩は苦労しています。


自分を磨いてきたエピソードは、就職活動の時だけでなく、
一生の宝物になります。


それは、いつか壁にぶつかって、くじけそうになったとき、
きっとあなたを支える力になってくれるはずです。


今、いろんな大学が「ポートフォリオ」といって、
大学時代の行動記録を貯めるファイル(もしくはITシステム)を
導入しています。


九工大でも、もちろん活用されています。


「ポートフォリオ」という宝箱に、
できるだけ質の高い宝物を、
できるだけ多く詰め込めるよう、
充実した大学生活を送ってくださいね。


○○さんの成長が楽しみです。
応援しています。


【追伸】

僕が、大学生向けにやったセミナーのスライドなどをアップしています。
もし興味があればご自由にダウンロードしてください。
http://www.haw.co.jp/seminar/


呼ばれれば、たとえ参加者一人であってもセミナーやりますので、遠慮なくご連絡下さいね。
ウザい話が聞けます。


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