皆さん、おはようございます!。hamano0708です。
久しぶりブログ更新です。
秋の寒さは身が凍みますね~(∩´∀`)∩
先々週、(社会復帰第5幕)新しい仕事に就職して、採用契約(派遣作業)しましたが、結局、1週間しか出社できなかったんです。
理由は、求人票に書かれていた仕事内容と、工場見学で見せてもらった現場とは、全く違うポジションに就かされたことで、力仕事で
持病の腰痛が現れ、立ち歩けなくなったこと。
痛みで生汗が出て、足が震えだして中途退社したこと。
力仕事は無理だって、ハローワークには言ってたんだけど、実際は過酷な力仕事だったこと。
社長に、「やっていけるのか?」と問われ、「無理です。」と答え、
退職しました。
かかりつけの整形外科医にいったら、「あたりまえです。こんな状態じゃ無理ですよ。まずは、筋力をつけていかないと」って言われ、ブロック注射を打ってもらい、ボルタレンの痛み止めを貰い安静にしています。
だからってジッとはしてられないので、ハローワークに求人を探してました。
そしたら、障害者枠ではありえない賃金の会社があり、そこを、二年後の四月の療院開設にあたって、療院建設着工の半年前の東京上京までの食いつなぎと貯蓄をして、その企業に、これから履歴書と職務経歴書を送ることにしています。
今更なんですが、この「療院構想」は両親公認で、夢を持って、それを実行するんだという言葉を貰っています。
私は、これまでの職歴を13回変わってるので、それら全部を履歴書には書ききれません。一番長く勤めた会社は「バス運転士」です。4~5年くらいいたかなぁ・・・
一番最初に勤めたのが国家公務員で、広島刑務所の刑務官をしていました。
色々な事情がありまして、拝命から3~4年で依願退職しました。
あれから25年が経過し、私は色々と学びを得てきました。
「温故知新」「至誠」そして「守破離」
懐かしいネタを一つ・・・(長文ですが、ご覧いただjたら嬉しいです)
私は小学1年生の時から剣道のスポ少に入ってて、刑務官の時に、アス腱断絶手術をしてからもリハビリに励み、30歳くらいまで続ていました。アキレス腱断絶したのが刑務官拝命の、すぐくらいで、一カ月弱の入院をしました
その年の「矯正職員新人武道大会」では、惜しくも準優勝はしましたが、個人戦でここまで何人も抜いてきて、決勝では絶対負けな
いと意気込み、アキレス腱断絶してからも、ここまで這い上がり、周囲の支えもあってプレッシャーの中で最後の試合、決勝戦は始
まりました。
「始め!」
相手は鳥取刑務所の選手。お互い隙をつけない。
打ってはいなされ、打たれてはいなしの攻防が続きました。
審判から両者に「指導」を受けられました。
お互い息を飲み、呼吸をバレないように、剣先で鍔迫り合いが続きました。鍔迫り合いから少し離れた時に、相手が引き面を打ってきましたが無効でした。
ここで笛の音が鳴り、時間はそこまでで、以降は延長。
どちらか一本取った方が勝ちです。
私がなんとか、いなしたので面ありにはならなかったんで済んだのですが、そこで審判から「待て」と言われ、一足一刀。
中央まで戻り、審判から「はじめ!」と言われた瞬間、相手が遠間で面を打ってきました。
(;^ω^)あちゃ~・・・
綺麗に面が入ってしまいました。<m(__)m>
「面あり!」
「勝負あり」
悔しくて、泣いてしまいました。
甲子園の球児たちが、試合に負けた時に見せる、あの涙と同じ悔しさです。ここまで来るのに並大抵じゃない稽古をして、アキレス腱断絶を乗り切って、先輩たちから徹底的にしごかれ、広島刑務所の強化選手として、いろんな方から応援してもらいました。
なので、絶対に負けられない試合でした。
特に、私を倒れこむまで鍛えてくれた香川さんっていう先輩が、
試合直後に面を外した時に、私にビンタくれました。
目が真っ赤で泣かれていました。香川さんは
「帰ったら、すぐ稽古だ!」と言ってくださり、、
私は「はい!」っと言いて、帰りの車の中で、こみ上げる悔しさが今でも忘れません。
事故で腰を痛めてなかったら、そしてもっと減量しなければ復活は無理だと覚りました。
結局、段位は四段まで授与しました。本当は五段目指して、まだまだ続けたかったのに、残念でした。
地元に帰ってから、市内のスポ少の指導にあたっていました。
少年剣士に、剣道の技術だけでなく、心の鍛錬を教えてました。、私も子供たちの、あの真剣で純潔な眼差しに教わることも数多くありました。懐かしい熱い思いで・・・
あの頃は、精神的にどうのこうのって言う、不安や鬱などありませんでした。その頃は綜合警備保障(アルソック)で、万引きGメンをしていました。
霊性の向上ともいいますが、魂が充実していました。
私の霊性が平穏にならなくなったのは、祖父の死でした。
骨折の為にその病院に治療にいったのに、院内感染にかかり65歳で亡くなった。病院の医療体制に問題があると、その病院を告訴しようとしたら、祖母に止められました。
それでは、私の怒りは治まらず、私のこの思いの丈を、毎日新聞のコラムに掲載しました。
あれから20年
「医療革命」を我が旨とし、統合医療の為の法改正をし、西洋医療で出来ることは西洋医療で行い、慢性的な疾患やメンタルケアにかかることは、数多ある代替・相補・補完医療と連携を取って、全人的なホリスティック医療を患者様が選べる施術の充実を図り、代替医療の中でも、科学的に治病効果が上がるものに対しては、
健康保険証を使えるようにする。
このことは、20年前から一貫して訴え続けています。
その拠点となる、パーソナルセンターが「療院」なのです。
あなた方が経験し、感動してその療法を学び、様々なクライアント様に施術しておられる。
しかし、クライアント様には経済的な困難があり、施術料が高くて、受けれないという方がたくさんいらしゃいます。それを健康保険証や自立支援受給者証で治療費の上限を定めて、メンタルケアの拡充を図ることが求められています。
これからの近未来、私たちに降りかかってくる更なる増税。。
税金を無駄遣いしている企業や事業。
それを改善できない政府。
その問題から目を逸らしている閣僚、政治家。
規制の抜け道を見つけて、消費者を騙している富裕層。
危機感が全くない泡銭をぶら下げて、その金にあやかろうとするブラック企業や既得権のある個人。
皆さん、今の医療体制に疑問を感じませんか?
このままだと、我が国は恐慌に陥り、中国や韓国などの外国人がやりたい放題ですよ。
我が国の貨幣の価値は、ただの紙切れになってしまうんですよ。
交戦権は認められてないので、こっちから攻撃することはありませんが、北朝鮮やロシア、中国などの矛先は、我が国に向けられ、
嫌でも戦争しなければならないときがやってきますよ。
戦争と病気で、多くの方が命を落とし、少子高齢化で、しかも10代歳から20歳代に、精神疾患の方々が増えていくと言われており、後期高齢者の人口も増え、介護の現場も抜本的な解決案は出ておらず、それらの課題を乗り切るためには何が必要か。どうすれば良いのか。ひとごとじゃないんです。
これから、代替・相補・補完医療のニーズは増々増えていくと思います。統合医療の充実を目指して、私たちは更なる技術の向上と充足を図って参りたいものです。
長文、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。