今日は、愛犬(マル)が亡くなって「初七日」が経ちました。
哀しみは、時間が経ってジワジワと湧いてきます。
本当にいなくなったんだ。もう、マルの吠える声も聞けない。もう、マルの散歩にも行けない。
テレビの上に、マルの写真と、お骨の小さな壺が無口に置いてある。
マル用のエサやオヤツも、残ったまま。
今頃になって、実感が沸いてきてます。
寂しい。悲しい。可哀想。
母は、悲しみを払拭させるために、ウオーキングを始めました。
もう二度と、会えなくなったんだ。
この哀しみを堪えるために、デジカメに撮ったマルの写真や動画を、見返してます。
本当に、家族の一員だった。みんなを癒してくれていた。
顔を近づけたら、ペロペロと、口にキスをしてくれる。
お手って言ったら、短い足でお手をする。おかわりって言ったら、反対の足でお手をする。
おすわりって言ったら、おすわりをする。わん!って言ったら、ワン!って返事をする。
しっぽがないので、お尻をクネクネ動かす動作が可愛かった。
おやつをあげると、喜んでパクパクとごっそり食べる。
稲刈りが終わった田んぼで、ボール投げして遊んだ。
遠くにボールを投げたら、一目散に走って取りに行き、こっちまで咥えて戻り、ちょうだい!って言っても咥えたままで、渡してくれない。
咥えてるボールを引っ張ても、咥えたままで宙に浮いても、絶対に渡してくれない。
オヤツをあげたら、交換でボールをかえしてくれる。
夏には、池で泳いでた。車に乗るのが大好きで、車の窓を開けると、顔を出して流れる景色を眺めていた。
他にも色々思い出す。
思い出すと涙が出そうになります。
ぽっかり穴が開いたよう。いつも一緒にいたのがいなくなると、寂しくなる。
母が手作りで作ったお墓に骨壺を埋葬し、墓石に「愛犬 マルの墓 平成30年10月9日」と書いた。
それを見たら、たまらなくなって、涙が出た。母親も泣きながら墓石に字を書いていた。
お墓のそばには、お線香が置いてあり、いつでもお墓参りができるようにしてあった。
喪失感
もう、犬を飼うのはやめよう。死んだときに可哀想で哀しくなる。