おはようございます。
久しぶりのブログ更新。ここのところ忙しくて、また体調不良もあって、なかなかブログに向き合えませんでした。
以前から書かせていただいてる療院建設構想ですが、水面下で準備は進めています。
これを公の場に広めるには、まず、法改正が必要です。
正・立案・または廃棄が行われています。官報を見ると嫌になるくらい様々な法律が改正・生まれたり消えたりしています。
私が今、やろうとしているのは医療体制の改革です。医師法を始め、たくさんの法改正が必要です。
療院構想の普及拡大は、税金によって賄わなければ、到底実現できるものではありません。
まず、保険証で代替・相補・補完医療が受けられることが第一の目標です。
以前にも書かせていただきましたが税収はどこで賄うかは、聖域なき改革で、宗教法人を課税対象とすべきだと申し上げました。
まさにそうなんです。数多ある宗教法人は現在、非課税です。一日に、何千万~何億という献金が動いています。全部、信者さんの献金です。
もう、そのようなシステムになってるので、これを改革するのは大変なことです。多くの反対を被るでしょう。
しかし、そうしなければ一部の方のみ窮地に追い込まれることを避けられ、そうでない方は、生活苦に追いやられる。
宗教法人を否定してるのではありません。経済的危機にある我が国において、そうしなければならないと申し上げているのです。格差があってはならないのだと思いませんか。
中には、宗教の自由に対する弾圧だという方もいらっしゃるでしょう。しかし、そうではないのです。
療院構想は、普く多くの方々を対象に、宗教・宗派・団体・組織・性別・国籍・年齢・経済格差・職業などを問いません。
綺麗ごとは言ってられない時機にきてるのです。健康を保持することは、何人たりとも格差があってはならない。
少子高齢化、後期高齢者、医師不足、老人ホームなど施設の飽和状態、マンパワーの不足。
これだけでも、皆、じっとこらえて我々は懸命に生きてます。
寝たきりの高齢者、障がい者を、介護する立場の声は届いていますか。緊急の課題です。
食介、おむつ交換、体位変換、入浴介助、レク、更衣、洗濯など、その立場にいたので、その大変さは痛いほどよくわかります。
また逆に、宗教法人の専従者も経験してるので、その大目標に信者さん挙って団結し、参拝時には出来るだけ多くの信者さんを募るようよう呼びかけ、奉仕、流布、献上の名のもとに、人・物・金を徴収する。神仏からのご守護・帰依・奇蹟・回向・宿命転換を祈る。
神仏を否定してるのではないのです。その神仏が尊いのであれば、社会情勢に合わせ、救済の御手を授けてもいいのではないのでしょうか。信じる者だけ救われるのは誤りではないでしょうか。現実から目を叛けるのは、心苦しくないですか。
日本だけでも、国民は脳卒中、心不全、癌で亡くなっているのが現状です。
また精神面では、うつ病、パニック障害、不安障害、双極性障害などで、その数は年ごとに増加しています。
甘んじて申し上げても、決して他人事ではない。どれを取ってみても、完治できる病ではありません。
そのため、今は製薬業界が大儲けしています。薬による対処療法でのみ、完治できると思わせていませんか。
私は薬物依存症なので、回復はできるが完治はしないと言われてますし、実際そうです。
今でこそ断薬できましたが、薬物依存症者が急に薬をやめた時、その離脱症状はとても苦しいものです。
自分の意志や我慢ではどうしようもない。精神科の薬は依存性が高く、副作用も多いです。
この先、今のままでは精神科も、何週間まちの飽和状態になることはじゅうぶん予見できます。
代替・相補・補完医療の療法は、精神的苦痛を和らげる数々の症例実績があります。
ですが、施術料には規定がないので、何千円から何十万円のものもあります。
柔道整復師は、保険適用で500円~1000円くらいのものです。ですが、その効果には施術者によって差異があります。
どの施術者によっても、手法は同じ。あとは、その施術がピンポイントの患部を施術しているかどうかで効果は異なります。
効いてるかどうかは、被施術者の感じ方次第です。
ただ、症状が慢性化してる患者様には、これは完治が難しいものです。
代替療法も、健康保険が使えるように点数制を導入して、患者様が選べるものにしたら、そのクオリティは高まることと思います。
整骨院が保険適用出来て、なぜカウンセリングやヒーリングなどができないのか。国家資格云々の前に、その治病効果を調査すれば一目瞭然です。この差異は何なのでしょう。何を躊躇っているのでしょう。
少なくとも、身体的には整骨院が利用出来て、精神的にはそのようなものはない。民間療法しかないのが実情です。
これだけ精神疾患者が多くの負担を抱えているのに、それを国家資格でケアできるシステムがない。なぜ無いのでしょう。
私は一度、病院が休診日の土曜日に、某総合病院の救急外来を受診しに行ったことがあります。
薬を多剤服用して、薬をきらして離脱症状が堪えられなくなり、やっとの思いで救急外来に行きました。
ですが、精神科医はおらず、受付で門前払いを喰らいました。
精神科はあるのに精神科医がいない。確かに救急外来は命に関わるような疾患と、大けがの患者様を、緊急的に診察し処置するところですが、何も門前払いしなくてもよさそうなものです。精神科医に電話でもして、指示を仰ぐとか対応方法はあったはずです。
その日、私は離脱症状で車を運転できる状態ではなかったので、市販の薬局で精神安定剤をたくさん買い、それを服用して気を少しでも紛らわせました。当然ながら、市販薬なので効果はなく、不安や全身の震え、生汗、過緊張による嘔吐等々で、車中泊しました。一睡もできませんでした。次の日、日曜日なので病院はどこも休み。精神科の当番医などなく、救急外来も追い返される始末。
不安、緊張、身体の震え、呂律が回らない、生汗などに苛まれながらも、再び違うドラッグストアに行き、また精神安定剤を買いました。
手が震えて、小銭を財布から取り出せない。店員さんに、大丈夫ですかと心配される始末。
なんとか家に帰って、布団に潜り込み、症状を堪えるしかない。完璧、薬中です。日曜日も寝ることができず、布団の中で、震えていました。
月曜日、予約外でしたが、かかりつけの精神科医を受診し、症状を医師に言うと、薬をたくさん飲んでないかと言われ、間違いなく禁断症状だと言われて、服薬管理は必ず守るように指導され、やっといつもの薬が処方されました。
これは、のちに私が精神病院に入院した以前の話です。
精神病は、薬では完治しない。一度発症したら、寛解はできるが完治はしないのです。特に私のように、依存症になったらなおのことです。
自分の意志や我慢で持ちこたえられるものではないのです。ほうっておいたら廃人になる。それだけです。
今でこそ、断薬に至ってますが、それまでの道程はつらく厳しいものでした。
だからこそ、精神疾患の患者様を包括的に支援するシステムを整えないと、まさに精神疾患患者は増える一方です。
誰も、好んで精神疾患になったのではないのです。ストレスに対する拠り所がないからそうなってしまうのです。
介護疲れによる、自殺・心中。このままだと、それも増加する一方です。
マスコミでは一部しか報じてませんが、水面下で多くの悩める方々がいることに気が付いていただきたいのです。
無視や無関心であってはならないのです。緊急の課題です。
代替・相補・補完医療の受け入れは、多くの悩める方々の拠り所になれるものではないかと思います。
精神的な完治はないにしても、現時点で苦悩に苛まれてる方々のストレスケアに貢献できるものではないかと信じています。
是非とも、一日も早い法改正を望んでやみません。