昨日の話ですが。
仕事終わりで、「キャノンギャラリー銀座」へ。
いまここで、大好きな鉄道写真家、
広田尚敬さん広田泉さん親子の写真展が開催されています。
「ずっと そこにあるもの」 スイス・ユングフラウ鉄道全線開通100周年記念
http://cweb.canon.jp/gallery/archive/hirota-jungfraubahn/index.html
一番標高の高い駅は富士山の山頂より高い、スイスの登山鉄道を
お二人がそれぞれで撮影したものです。
これがまたいやはや素晴らしかった![]()
雄大な景色はもちろん、そこに列車が絡んで素晴らしすぎる風景が展開されています。
列車の存在感を出しながら、アルプスの迫力もまた同時に写しこむ。
美しい青空、険しすぎる岩肌、ほのぼのした草原、人々の息遣い。
これらがまるでその場にいるかのように生き生きと伝わって来ました。
お父様はさすがの貫禄、
尚敬先生は撮り鉄の中では好みが分かれる評価もあるようですが
これ見ちゃったらやっぱりちょっとさすがとしか言いようがありませんでした。
泉先生の写真は生き生きとした列車と人々などのその場の空気を感じられるようです。
アルプスには行ったことがないけれど、
お二人の写真からはその場の風が感じられるようでした。
6月1日まで。
お腹いっぱいで会場を後にします。
その足で帰路につきましたが、
途中本屋さんでこんなものを見つけまして。
朝日新聞出版の、震災当日から1ヵ月間の記録。
先日書きましたが、この写真展に行って来まして、衝撃を受けたところでした。
http://ameblo.jp/hamandeggs/entry-10885929117.html
ここで展示されていたものを中心にまとめたものです。
写真のほか、1ヶ月の出来事のまとめ、カメラマンのコメントなどが掲載されています。
報道写真というとっさのシャッターが大半の撮影でありながら
確かな技術で、アングル、シャッタースピード、被写界深度がばしばし決まっていきます。
この現場に立ち、惨状を目の前にした時、何を撮るべきか…
途方もない災害の渦中にいて、
人命を助ける、ということもしなければいけない…
でも撮影もしなければいけない![]()
それが報道カメラマン、というものなのでしょう。
誤解を恐れずに…書きますが、
この写真集を出版できたことは、きっと、このカメラマンの皆さまにとって、
カメラマン冥利に尽きることなのではないかな、と思いました。
報道カメラマンという仕事をしていて、
図らずも500年~1000年に一度という大災害に遭遇し、記録する機会に恵まれた。
もちろん目をそむけたくなるような光景もあったでしょう。
レンズを向けることを躊躇する場面もあったでしょう。
余震の恐怖もあったでしょう。
でも、それでも。
きっと夢中でシャッターを押したに違いありません。
もちろんカメラマンも千差万別、
被災者に失敬な態度をとる人もいたのかもしれません、
きちんと礼儀正しく撮っていた人もいたのでしょう。
でも、被災した皆様に助けられて、この写真集が世に出ることは
きっと後世に残る大仕事であることは間違いありません。
このような仕事ができる人は素敵なカメラマンなんだろうと信じます。
広田泉先生も被災地の写真集を出版するとのこと。
これらの写真を見て…先日書いた山岸さんなどのテレビを見たりしたのも踏まえて…
難しいことは分からないけれど、
なんとなく、写真てこういうことなんだ、というのが分かったような気がします。
月並みなことばかりなのだけど、
やっぱりそれが基本なんだろうなと思うし。
写真に限らずすべてのクリエイターはそうなのだろうけどね。
こんなページがありました。
「家族の思い出を探す被災者。写真はボランティアが水洗いした」
とキャプションが。
これも…誤解を恐れずに書きますが、
たとえば撮り鉄で、ただきれいな編成写真を撮っても、こういう写真にはかなわないんだろうと思います。
もちろん編成写真は僕も山ほど撮ってますから否定はしません。
ただそれだけではダメだろうと思った、ということです。
撮り方だけじゃなくて、撮影者と被写体の関係とか、そういうことも含めて。
泉先生が書いていました。
勝手に一部引用。
「時として記録はアートを超える。
それは写真が記録という原点から動かしようがないから。
被災地で見つかった写真はピントもボケてるし
ブレてるし露出オーバーで日の丸構図。
生きてきた証が見つかった喜び。
どうやったって敵わない。
それでも諦めちゃいけません。」
あの時なぜあれを撮らなかったんだろう?
と思うことは良くあります(<あるんかい
)。
これからもトボトボと撮影していきたいと思います。



