白米を「銀シャリ」、刑務所の麦飯が「麦シャリ」というのは有名な隠語です。

 

お寿司 隠語で成り立っているような寿司屋に行くと、決して「ご飯」なんていいません。

 

「ギョク、シャリ抜き」…これはただの卵焼きのことたまご焼き

 

ではどうして「ご飯」のことを「シャリ」というのでしょうかはて??

 

「シャリ」はインドの仏教用語である梵語の「舎利」から来た言葉です。

 

舎利というのは、火葬されたお釈迦様の骨のことです。

 

仏教ではとても尊ばれているもので、この仏舎利は輪廻の教えによると、周り巡って五穀にもなり、人間を助けてくれるものだと考えられたのです。

 

そして、とくに主食としてのお米を尊んだ日本では、お米やご飯をこぼしたまま拾わないでいると、仏様の罰が当たるといわれたのです。

 

仏舎利と同じようにお米は尊いものだったのです ご飯

 

そしてお米は仏舎利の化身でもありました。

 

このような考え方が、ご飯やお米を「シャリ」と呼ばせるようになったというわけです!

 

日本各地の古いお寺に行ってみると、舎利骨という小さな骨を、お釈迦様のものとして祭られています。

 

それはまるで米粒ほどの小さな白い小粒で、これも仏舎利に米粒のイメージをもった一つの原因かもしれないですね玄米

カナダのアルバーク大学の研究チームが2005年、アメリカの専門誌に人差し指が薬指に対して短い男性は暴力的だという発表をしました。

 

同大学のハード博士らは男女約300人の学生の指の長さを計り、人差し指と薬指の比率を計算したうえで、暴力の攻撃性・怒り・敵対心・言語的な攻撃性の4種類の攻撃性を判断する質問に答えてもらうという実験をおこないました。

 

その結果、薬指に対して人差し指が短い男性ほど暴力的で攻撃性が強いことがわかり、女性に関しては指の長さと攻撃性の因果関係は求められなかったそうです。

 

胎児期に母親の子宮内で男性ホルモンのテストステロンを多く浴びた男性は暴力的で攻撃性が強い傾向があり、浴びる量が多ければ多いほど人差し指が短くなる傾向があることが明らかになったといいます。

 

しかし、その後、カナダのマギル大学の精神科医であるデビー・モスコウィッツ博士の研究チームが発表した研究結果は、男性155人の薬指と人差し指の長さを測定後、各人の性格を20日間観察したところ、薬指よりも人差し指が長い男性は頑固で攻撃的な性格で、逆に人差し指のほうが短い男性では笑顔が多く協調性があり女性に親切だという内容でした。

 

ただ、どちらの研究結果もそういう傾向があるという話で、人の性格が指1本の長さで決まるということではないでしょう。

出かける際に家の戸締りをすることを、ふつう「鍵をかける」「鍵をする」「鍵を閉める」などと言います。

 

このように現在ではすべて「鍵」という言葉で表現しますが、厳密には間違いで、もともとは「錠をおろす」「錠をかける」「錠をする」と言っていました。

 

つまり「錠をおろして鍵を開ける」というように使い、「錠」と「鍵」は明確に区別されていたのです。

 

とろこが最近では「施錠する」という言い方は残っていて使われることもありますが、「錠をおろす」などの言い方はあまり使われなくなっています。

 

「錠」は戸や引き出しに取り付け固定して開けなくするもので、「つつ」とそれにはまる「ばね」のついた長い棒からできていて、この棒がかけ金に差し込まれ錠がおります。

 

その「ばね」をしぼって錠を開閉するための器具が鍵というわけです。

 

「錠」は英語でlock(ロック)と言い、「鍵」はkey(キ-)ですが、不思議なことに日本語の「錠をおろす」がすたれてしまったのに、「ドアをロックする」という言い方は今でもよく使われています。

 

また、鍵は「キーホルダー」の使い方に収まっていますから、日本語で「鍵」に統一されてしまっても英語はしっかり区別できているといえます。

静岡県浜松市天竜区佐久間町半場にある、JR飯田線の「中部天竜駅」の読み方は「ちゅうぶてんりゅうえき」ですし、静岡県が中部地方なので駅名の中部は中部地方の中部だと思われがちです。

 

しかし、じつは中部地方の中部ではなく天竜川を挟んだ対岸の地名に由来します。

 

以前は中部天竜駅の読み方は「なかっぺてんりゅうえき」だったのですが、1943(昭和18)年に読みが変更されたのですニヒヒ

 

その地名は現在でも浜松市天竜区佐久間町中部として残っていますが、地名の読み方は「なかっぺ」から「なかべ」に変更されています。

 

むかし物流の中心は川で、中部は船の中継地点として栄えていました。

 

その後、鉄道が川に代わって物流の中心となり、天竜川の渓谷が続く地域にも鉄道が敷設されることになりますが、中部に駅をつくろうとすると天竜川を越えなければなりません。

 

そこで天竜川を挟んだ対岸の半場に駅が開設されました。

 

それならば半場という駅名になりそうですが、中部地方の中部を引っかけて「中部」を冠した駅名になったともいいます。

 

当然、中部地方の中部と誤解されることになりましたが…ゲッソリ

 

ちなみに天竜川にかかる「中部大橋」は「なかっぺおおはし」と読み、「なかっぺ」の地名だったことを表していますウインク

タウン・ウエアとして若い人々に愛用されているパーカーには、フードと呼ばれるものがついていますパーカーパーカーパーカー

 

そのフードをかぶっている人を時々見かけます。

 

かぶっている人よりかぶっていない人の方が明らかに多いので、役に立っているとは思えないのですが、フードがないとパーカーとはいえません。

 

「パーカー」という語はアリューシャンのエスキモーの言葉からきたものだそうで、トナカイなどの毛皮で作った防寒着のことをいいます。

 

今日のパーカーのルーツはヨット・パーカーです。

 

ヨット用のフードつきのパーカーをヨット・パーカー、またはヨッティング・パーカーといいます。

 

風が強いときや雨の時には、フードをかぶって防ぎます。

 

ヨット・パーカーのフードには実用的な役割がありますビックリマーク

 

しかし、タウン・ウエアとしてのパーカーのフードには、風雨を防ぐという役割はあまりありません。

 

パーカーと同様のものにアノラックというのがあります。

 

登山やスキーなどに用いるフードつきの防寒防風のウエアです。

 

これも、エスキモーがアザラシの皮などで作ったものが起源となっています。

 

トナカイの毛皮やアザラシの皮で作られたものを見たことはありませんが、暖かいこと間違いないですねラブラブ!

なぜか雨が降ったわけでもないのに、大量の水が山から道路を横切るように流れている…はてなマーク

 

流れる水の上を通り、さらに進んでいくと、また同じように道路上に水が流れている…はてなマークはてなマーク

 

新潟県の柏崎市からはじまる国道352号を進み、奥只見湖付近へさしかかると、こうした光景を何カ所も目にするでしょう。

 

これはもともと川の中を横切るように設計された道路で、道路の上を水が流れているのが当たり前なのですビックリマーク

 

こうした場所を「洗い越し」といいます。

 

本来ならば橋をかけるべきなのを、予算の都合などでそれができない場合につくられます。

 

一時的に出水がある場所にできていることが多いようです。

 

関東地方で有名なのが、千葉県にある「夷隅川の洗い越し」です。

 

地元の農家の人々が資金を出し合って建設した道で、夷隅川の対岸にある田んぼへ向かうためにつくられました。

 

洗い越しの上には、夷隅川が常に10センチメートルほどの深さで流れています。

 

一般車両は通行禁止ですが、地元のトラクターや軽トラック、農耕車などは問題なく走行できます。

 

夏に日照りが続いたり、雨が少ない冬などは道路の表面が姿を見せますウシシ

 

ただ、雨が降れば、道がどこにあるのかもわからない状態になるため、通行はできません。

 

静岡県の交通事故に強い弁護士

 

 

東京駅、大阪駅、京都駅…と、都道府県名がついた駅がいくつもあります。

 

都道府県は47ありますが、多くがそのまま駅名になっています。

 

しかし、北海道、岩手県、山梨県、島根県などは道名・県名ともに同じ名前の駅はないんです。

 

つまり、北海道駅、岩手駅、山梨駅、島根駅は存在しないということです

 

単純に、全国に都道府県名の駅があると思っていましたが、ないところもあったんですね。

 

都道府県名と同じ名前がつけられた駅の中でも最も歴史の長い駅は、どこでしょうか。

 

日本の駅を代表する東京駅だと思われがちですが、違うんですね。

 

日本に鉄道が開業したのは明治5(1872)年のことで、東京駅はそれから遅れること42年に誕生しています。

 

都道府県名がつけられた最初の駅は、明治5年に開業した神奈川駅なのです。

 

この駅は、工部省鉄道寮が設けたものですが、昭和3(1927)年に廃止になってしまいました。

 

ちなみに神奈川駅は今も存在しているのですが、京浜電気鉄道が明治38(1905)年に設置したものになります。

 

都道府県名と同じ名前をつけられ、今もなお営業している最も歴史が長い駅というのは、明治7年に開業した『大阪駅』になるんだそうです。

 

たとえ毒ヘビではないといわれても、やっぱりヘビって気持ちのいいものではないですね巳

 

ヘビをペットで飼う人も増えているといいますが、ヘビ好きの人が少数派であることからも、やはり人間との相性はあまり良くないのではないかと思ってしまいます。

 

本能的に、やばい生き物だと思ってしまうわけです。

 

抜け殻を見つけただけでも、恐怖におののいてしまいます。

 

ヘビが嫌われる一番の理由はその容姿でしょうへび

 

音もなくスルスルとどこからともなく現れるところも、嫌がられるようですね。

 

でも、足もないのにどうしてスルスルと素早く進むことができているのでしょうか。

 

ヘビを裏返しても、白い腹にはうろこしかありません。

 

ですが、このうろこが徐々に立って地面を蹴り、前に進んでいるんだそうです。

 

ヘビを解剖してみるとよくわかるのですが、非常にたくさんの肋骨があるのです。

 

この肋骨にはうろこを動かすための筋肉がついていて、ひとつひとつのうろこを動かすことができるんだそうです!

 

簡単に言うと、肋骨が足の骨の役割をしていて、うろこが足の役割をしているということです。

 

なんだかそう考えると、ムカデがイメージされて余計に嫌いになりそうです…歯4

 

観光客として、はじめて宇宙旅行を経験したのは、2001(平成13)年4月、国際宇宙ステーションに8日間滞在したアメリカの大富豪デニス・チトー氏です。

 

2500万ドル(1ドル80円で、約20億円)の費用を払い、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から、ロシアのソユーズで宇宙へと旅立ったのです。

 

ロケットが宇宙ステーションにドッキング後、無重力状態を体験したり、地球を眺めたりしながら、1日3億円余りの宇宙生活を楽しんだようです船内2

 

その後も億万長者らが宇宙旅行を体験していて、やがては庶民も宇宙旅行に行けるようになるといわれています。

 

ところで、宇宙でもコンタクトレンズが使用できるのでしょうか?

 

宇宙旅行の最大の楽しみのひとつは、宇宙から見た地球の眺めなので、気になるところです。

 

専門家によると、宇宙でもコンタクトレンズは使えるといいます。

 

宇宙飛行士の条件も、矯正視力で1.0以上あれば、コンタクトレンズを使用していてもOKといいます。

 

また、指先に水をつけて触れば、レンズが水にまとわりつくので、無重力であっても、装着するときにレンズがフワフワと浮くことはないそうです。

 

ただし、宇宙で洗浄や煮沸はできないので、使えるのは、使い捨てのコンタクトレンズのみとなっていますコンタクト

 

盧溝橋事件が、日中戦争にまで発展した1937年(昭和12)、当時の日本政府は、国民精神強調週間を設け、テーマ曲をつくりましたonnpu

 

その作曲を担当したのは、慶應義塾の塾歌や学習院の院歌も手がけた信時潔という作曲家でした。

 

歌詞は、万葉の詩人・大伴家持の歌からとられました。

 

代々天皇に武をもって仕えてきた大伴氏の言い伝えを家持が改めて歌にしたもので、その一節は、「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の辺にこそ死なめ かへりみはせじ」というものです。

 

この歌詞から、タイトルは「海行かば」とされましたonpu

 

作曲の信時潔は牧師の子として生まれ、幼い頃から賛美歌を聴いて育っていました。

 

そのためか、「海行かば」の旋律は、聞く人が聞けば、賛美歌風だといいます。

 

ところが、この歌は、太平洋戦争が勃発すると、出征兵士を送る歌として歌われるようになります。

 

また、太平洋戦争期、ラジオの大本営発表で、日本軍の玉砕を伝えるさいにも、この歌が冒頭に流されました。

 

そのため、戦後は「海行かば」を口にすることは、まるでタブーのように封印されることになったそうです。

 

ちなみに、「海行かば」という曲はもう1曲あり、明治時代、海軍が儀式での演奏用に、宮内省に作曲を委嘱した曲です。

 

こちらは、「明治の海行かば」と呼ばれて区別されていますおんぷ