笑顔があればなんでもできる!!取手のハマジ、角田善政ワクワクブログ
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拡散希望【いっしょに笑おう!うなずきかぼちゃんを探しています】

すみません拡散希望です。

ある方から相談をいただき、ピップRT(株)から販売されていた『いっしょに笑おう!うなずきかぼちゃん』を探しています。

相談者のお母様が認知症を患っておりましたが、高齢者向け癒しロボット『いっしょに笑おう!うなずきかぼちゃん』をプレゼントするととても気に入ってくれ、日々会話も弾んで認知予防になっていたそうです。

しかし先日、『いっしょに笑おう!うなずきかぼちゃん』が故障してしまったのか、全く動かなくなってしまいました。

お母様は「かぼちゃんが話しかけてこなくなっちゃったね」と、とても残念そうに過ごしているとのことです。

ご家族はメーカーや販売店など何ヵ所も電話をしてみたそうですが、3年前に販売終了になってしまっていたため、どこをあたっても在庫がない状況だそうです。

また、この『いっしょに笑おう!うなずきかぼちゃん』は初代『うなずきかぼちゃん』の後継機種になるのですが、初代の『うなずきかぼちゃん』をお母様にお渡ししたところ、「声が違うわ」ということで悲しい顔をしていたそうです。


ご家族の想いでなんとかお母様に後継機種の『いっしょに笑おう!うなずきかぼちゃん』を再びプレゼントしたいとのことで弊社の福祉用具販売店にもご相談がありました。

ご使用中のものでも構わないとのことですので、もしも『いっしょに笑おう!うなずきかぼちゃん』をお持ちの方で必要なくなったよとか、譲ってもいいよと言ってくださる方がいらっしゃいましたら下記連絡先までご一報いただければ幸いです。

折り返し、ご相談者様の連絡先をお伝えいたしますので、直接やり取りしていただければと思います。

初代の旧製品と探している後継機種の写真をアップしましたのでご参照願います。

連絡先
角田(かくた)
kakuta@toride294.co.jp

自殺

三浦春馬さんが自殺されてしまいました。

 

私と同じく茨城県出身、個人的には2013年にC&Kがリリースされた『みかんハート』が大好きで、そのMVに三浦さんが出演されていたことを思い出します。

 

私は中学校の頃にイジメを受けたことがあったり、2011年には親が経営している会社が倒産し、その当時には「自殺」をしようとまでは思わなかったものの、そこに吸い込まれそうになるようなネガティブな思いをしたことがあったので、このブログをどこかで読んでいただける方に少しでも参考になればということで書かせていただきます。

2011年の10月11日、親が経営している会社が倒産しました。


その頃の心情は、その1カ月後にブログをアップして赤裸々な気持ちを表現しました。

https://ameblo.jp/hamaji729/entry-11075561593.html

 

 


倒産した当初は、社長である母の精神状態が一番気がかりで、少しでも目を離した隙に自らの命を殺めてしまわないか不安な日々で、父や姉と協力しながら過ごしていたと記憶しています。

ただ、家業を継いでいた私も倒産と共にあらゆるものを失い、まずは今後の生活をどうするかということも同時に考えていました。

自分の貯金は倒産寸前にすべて会社へ貸付していたので、倒産とともにすべて失いました。

 

かろうじで定期預金していた約170万円があったので、これで独立して会社を立ち上げようと決意。

すぐに決意を固めたものの、数か月経った後に思ったことなのですが、どうして自分は独立したんだろう、サラリーマンとして生きていく選択肢もあったのに・・・と考えた日々もありました。

 

約170万円の資金は、会社を営業していくために最低限必要な車の購入や電話、名刺、作業服、インターネットなどの購入で瞬く間になくなり、しかもすぐに仕事の受注にはつながらず、自分が生きていくために最低限貰いたい給料(役員報酬)は赤字の中から捻出するしかなく、資金不足の悩みで寝れない日々も続きました。

倒産したとは言え、父が所有していた自宅などは残っているし、両親の稼ぎがなくても年金や父の貯金などで「生きていく」という根本的な恐怖を味わったわけではありません。

ですが、30歳にもなって自立できないで生きていることに、自分自身で負い目を感じていました。


ストレスは正直に身体異常を起こし、両手両足の爪は20本のうち15本以上剥がれ落ちてしまいました。
https://ameblo.jp/hamaji729/entry-11147804026.html


 


とっても辛い日々で、本気で笑えてないの分かってたけど、でも対外的には笑顔振舞って、「なんでこうなっちゃったんだよ・・」とか「なんで俺だけ?」とか、なかなか前を向け切れなくて涙を流す日々を送っていました。

けど、じゃあ独立させた会社が上手くいかないだけで極度に落ち込んでいるのかと言ったら、そうじゃないんですね。

 

たとえばなんですが、親の会社が倒産して引き払った事務所に自分の私物もいろいろと置き去りにしてしまったんですが、その中にある方に返さなければならない物とかもあったんです。

 

お金じゃ変えられないような物で、置き去りにしてしまった現実からも逃れたくて、返す相手に本当のこともしばらく言えずに先延ばしにして、催促の連絡があったり。

また親が経営していた会社が倒産したとは言え、地域でつながっている方へ負債が残ってしまっていて、それを自分が返さなくてはならなくて気落ちしたり。

他にも沢山あったと思うんですが、プライベートでの些細な悲しみとか、些細な一言とか、些細なショックとか、それを受けるたびにダメージが大きかったことを思い出します。

 

これからの仕事のことで父に相談をしたりすることもあったのですが、考え方の違いで口論になることも多かったです。

 

すごくショックだったことは、そうやって父と口喧嘩をしているときに、父が捨てセリフのように「お前のことを思って倒産させたんだよ」と言われたことがありました。

 

自分の進みたい道を進んでいたはずなのに、都合のいいときだけ「協力してほしいから家業を継がないか」と言われて継いだのに、都合が悪くなったら倒産させた理由まで自分のためだだなんて、と。

涙が溢れ出しました。

 

まあ、取り留めのない話になってしまいましたが、とにかくそんな日々を振り返ると、人間が極度に気落ちするときって、何か一つの事象のせいだけではないと思うんですよ。

 

ちょうどそんなナーバスな気持ちになっていた頃、facebookに以下のような記事を挙げていたので転記します。
 

「どんなことがあっても自殺はすべきじゃない」って言葉を張り上げて言う人っていますけど、

まあ、そりゃごもっともなんですけどね、そればっか言ってたって何も変わらないんでしょうね。

むしろそう言い張る人こそ不測にも極限まで追い込まれた心境状況に陥ったときに自殺という手段を安易に選択してしまうものだと思う。

自殺は、誰だって追い込まれる可能性を持っているんだと思う。

それくらい、誠実に生きていたって世の中は何が起きるか分からない。

ほんと、ヒヤリハット×偶然×偶然、イコール自殺に追い込まれる事態だってある。

今回自分も、そりゃー自殺したいだなんてまっさら考えてはいないけれど、「自分にもし○○とか△△が欠けていたら自殺しようと追い込まれる気持ちは否定できない」って感じました。

そういうときの○○とか、△△って、ほんとメチャクチャ大事なことだと心の底から思ったりします。

この○○って、「強い信念」だとか「目標」なんて軽い言葉じゃ決して解決にならないんですよね。

ほんと追い込まれたときって、立ち上がる気力さえもないしポジティブな気持ちなんかは瞬く間に洗い流されてしまう。

自分が自殺したら誰々だとか誰々が悲しむんだとか、そんな当たり前な話さえもすべて打ち消されてしまう。

それくらい追い込まれた精神状態の中で結局最後に頼りになるのって、親だとか身内だとか仲間の存在しかない。

極限状態で、「死にたい」って思う気持ちよりも「死ねない…(このまま死ぬわけにいかない)」って思う気持ちがわずかながらでも勝っていればいいんだと思います。

まあ同じこと言いますが、今回私は決してその極限までさ迷うほど追い込まれたわけではないので、そんな状況でこんな話をするのもおかしいんですが、やっぱり「支え合い」がほんと大切なんだと思います。

先日も、高校に入学してまだ2週間も経っていないのに、ある女子高生が校舎から飛び降りて自殺してしまいました。

決して本人を責めることはできません。

世の中の責任かって言ったら、そんな漠然とした答えなんかいりません。

何が悪かったのかを追及しても決して良い方向性は見いだせないことですから、

でも、自殺に導かせないチャンスはいくらでもあったと思います。

偶然×偶然×偶然×・・・

その結末が、このような事態を招いたんだと思います。

じゃあ、そのひとつだけの「偶然」でもいいから自分が手を差しのべてあげられるような、そんな人間になりたいなって思いました。

それが親という立場なのか、近所のおじさんという立場なのか、ボランティアおじさんなのかはいろいろありますが、きっと些細なことなんだと思います。

些細なことだからこそ見落としやすいんでしょうね。

先日、私は表情に出ないように平然を装っていましたが、ほんの少しだけ、いつもの自分とは異なる雰囲気を持っていたのでしょうか。

それに気がついてくれた先輩がおりました。

今の自分は、悲しみに満ちた状態だけれど、いつか自分と同じように悲しい立場にある人に、自分は気がついてあげられる人間になりたいな。

 

自分がこのブログで伝えたかったことは、上記のことです。

 

今年の5月に自殺された、木村花さんも、そして今回の三浦春馬さんも、一言でコレ、という自殺原因があったわけではないと思っています。

 

主なるものはあったと思いますが、いろんな不運が重なって引き起ってしまったものだと思います。


私は自分でも気づかなく気落ちしていることが顔に出てしまっているとき、

 

先輩「おい角田くん、すごく顔色悪そうだけど大丈夫かい?」

そうやって声をかけてくれたことが大きな救いだったんだなって、今では強く思います。

 

「この先輩たちを裏切って、自分が死ぬという選択はないな」って、心のどこかで思っていたんだと思います。

 

ダラダラ書きになってしまいましたが、世界のどこかで一人でも参考になればと思い、綴らさせていただきました。

賢い母とやさしい父

今日、また父と口喧嘩をしました。
 
いつもの事であり、誰かが「○○は文化だ」と言うのと同様に親子や兄弟にとって「喧嘩は文化」ですからね(^_^;)
 
きっかけは産業廃棄物処理についての法的解釈の違いについて。
 
父「俺がどれだけ勉強してると思ってるんだ。俺がそう言ってるんだから正しいんだよ!」
 
父「人にはあまり言っていないが運転免許取るときの試験満点だったんだからな!」
→だいたいこうやって過去の武勇伝を偉そうに語る
 
そして冷静に食いかかる
 
カクタ「満点取ったからと言って運転が上手いとは限らない。満点を取ったからからと言って事故を起こさないとは限らない。満点を取ったからと言って交通違反を起こさないとは限らない」
(父は過去に事故や交通違反を起こしたことがある)
 
そう畳み掛けると30秒ほど何も返せず沈黙が続きましたが、口ばかりの評論家な父の性格を畳み掛けるようにさらに追い討ち。
 
カクタ「満点取ったからと言って総理大臣になれるとは限らない・・・」
 
負けじと反撃の父。
 
父「総理大臣にやれって言ったらやってやるよ!」
 
カクタ「口ばっかで実績のない人は周りがそうさせてはくれないよ・・・」
 
追い込まれるとたいがい最後に父は究極の爆弾を投下する。
 
父「そんなこと言ってるんだったら後始末自分でやったらどうだ?いつも後始末は俺にやらせやがって。」
(工事後に出た不用品や産廃は父が片付けてくれる)
 
その一言をもって、私は返すのをやめました(´∇`)
 
独立して間もない頃も、こんなことがあり最後の極めつけの一言は、「お前のことを思って倒産させてやったんだからな」と。
 
その一言はさすがに大ダメージを食らい、その場で泣き崩れた記憶は深く刻まれてます。
 
今ではそんなショッキングな出来事など記憶の片隅に弾き飛ばして立ち直った状況にも見えますが、実はその出来事で自分は自分が思う以上に心に重大な傷を負いました。
 
大卒後10年は他の飯を食うと決めて他社へ就職したのに、自分達の都合のいいときに家業を継いで欲しいとお願いして継がせたくせして、会社をつぶすという都合が悪くなったときには「お前とために潰したんだ」と。
 
そのことが大きなショックとして引きずり、いつしか自分は負けることを率先して選択する人生を送っていました。
 
そのことに気がつくことすらしない時期もありました。
 
けど、いつまでもそんなことしていたら一生に一度の人生、もったいないなと心から感じ、それに気づいた瞬間。
 
もう、そのことは一旦整理をつけたのは、去年のこと。
 
いまでも父には腹が立つことは幾度もありますが、感謝もしています。
 
いつもその厳しさの傍らで、母が優しい言葉をかけてくれてきたことも、自分は知っています。
 
ふと、大学を卒業した直後に読んだ「賢い母とやさしい父」という本のことを思い出しました。

その本で一番言いたいことは、子どもにとっての父と母の役割は相対するものであって、それをバランス良く受けて育つことが大切であるというものでした。
 
その本のように母が賢くて父が優しい、という設定と我が家は違いますし、時代の変化とともに父と母の役割も変わってきますし、片親の場合だってありますから多様な見方も必要ですが、たしかに父と母の相対する愛の形、それは必要なんだと。
 
おそらく、父が自分に伝えたかった本当の気持ちが分かるのは、父が亡くなった後なんだろうなと。
 
それまでの時間、少しでも父と、良い喧嘩ができますように。
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