齋藤ゆりえの「50代からの自然な自分で生きる日々」

齋藤ゆりえの「50代からの自然な自分で生きる日々」

福島県を拠点にお一人おひとりと深く関わることを大事にしています。
もうがんばらなくていい。無理をしない生き方で。
50代からでも諦めない、
「わたしでよかった」と静かに実感できる日々を叶える道標。
更年期真っ只中のあれこれも発信しています。

 

 

春ですね。

 

怠い、やる気が起きない

ボーッとする

 

などなどありませんか。

 

 

 

 

私は春の足音を感じるようになってから

ずっと「薄っすら調子が悪い」です。

毎年のことですが...

 

 

HSP気質とエンパス気質があり

 

私はどちらかといえば

エンパス気質が強いです。

 

 

HSP気質:五感(光、音、匂い)や外部刺激全般に敏感

     人混みや騒音で疲れる 深く考え込む傾向がある

     自分と外界の境界が薄い

エンパス気質:他人の感情、エネルギー、身体感覚に敏感

       他人の悩みを聞くと自分も同じように

       苦しむことがある

       自分と他人の境界線がほとんどないことが多い

ちなみに私はアダルトチルドレンでもあります。

特徴として「自己肯定感が低い」「他人の顔色を常に伺う」

     「感情のコントロールが難しい」

 

 

このほとんどが私の「個性」です。

(アダルトチルドレンは後天的なものです)

 

とはいえ、小さい頃から

「なんかしんどい」と感じていたのは事実です。

 

 

パニック発作を起こしたのも小学生の頃だし

不安障害と診断を受けたこともあります。

 

日常的な「生きづらさ」は

私にとって無意識レベルだったのかもしれません。

 

 

いつもの散歩道で見る風景

 

 

56歳の今、それらが楽になったかといえば

自分を知る前と比べると

格段に生きづらさは減っています。

 

 

これまでさまざまな経験や体験をしてきて

 

自分自身に意識を向けながら

捉え方を変えたり

いっぱい「鎧」を脱いで

手放すことや受け入れることをして

 

 

そうか、このわたしでいいんだ

 

 

そう感じたのは

不要なものを削ぎ落としていった先の自分

 

 

このわたしを引き受けていく

 

このわたしで生きていこう

 

 

それが、今の自然なわたしなんだと。

 

 

 

 

持って生まれた素質を変えようとすると

本当に苦しいけれど

 

その素質がベースになって

自分が抱えてしまったものを手放すことで

 

生きづらさは減っていくんです。

 

 

他人の感情の吸収や身体に起こる反応、

場の空気に敏感すぎて過度に疲れること

 

今もあります。

 

 

「それがわたしなんだな」

 

認められるようになって

 

「このわたしでいいんだな」

 

今ここに着地しています。

 

 

 

必要なあなたに届きますように。

 

 

それではまた。

 

      

 

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人に自分の話をしていますか?

人に自分の話を聞いてもらえてますか?

 

 

 

元職場の同僚だった人が

 

″友達に会っても、その友達の話で終わってしまう″

″私が話し出すと、友達が私の話を途中で遮って(奪って)自分の話をし出す″

″私はいつも聞いてもらえない″

 

「話したいのに聞いてもらえない」ということを

切々と語っていたことがありました。

 

 

 

私は若い頃から

「人に自分のことを話したり聞いてもらったり」

ということがありませんでした。

 

それは親との関係性がよくなくて

″どうせ聞いてもらえない″と思い込んでいたからです。

 

だからこそ「人に自分の話を聞いてもらうこと」の大切さを

誰よりも敏感に感じてしまうのかもしれません。

 

 

 

″自分のことを話すことがない″(どうせ聞いてもらえない)

″誰かに聞いてもらう″という選択肢がない(自己完結してしまう)

 

″人に話す、聞いてもらう″ことが自分の中にないので

ひとりで抱え込んでしまうことは無意識なんですよね。

 

 

 

過去の自分と重なってしまうと感じる人が

私の周りには多いように思います

 

 

自己完結する人が多いから

抱え込んでることにもあまり気づかないのかもしれません。

 

 

 

 

 

私は自分のことを幼少期から

「どこかおかしい」「人と違う」と

うっすらと感じていました。

 

 

その自分を″どうせわかってもらえない″と感じていたので

人に自分のことや悩んでること困ってることが

言えなかったのかもしれません。

 

 

 

今になってわかることは

 

ひとりひとり違う人間だということ。

 

変わってると思われるのは、そう感じる人の価値観であって

あなたが変わっているわけではないということ。

 

 

心の違和感を無視すると

うっすら、しんどさみたいな、モヤモヤ感みたいな

そんな感覚になることがありませんか?

 

 

自分の本心(本音)を隠そうとしたり

本当は違うのに、そっちじゃないのにって思ってるのに

無視したりね。

 

 

 

心の違和感が積もってしまい放置すると

身体に何かしら違和感を感じることがありますよね。

 

 

 

誰かに自分の話を聞いて欲しいとき

でも話してもわかってもらえないと感じてしまう

そんなときほど

諦めないで一人で抱えないことが

その先のあなたの未来に繋がる

きっかけになるかもしれません。

 

 

 

自己完結が得意で抱え込んでしまう方

誰かに話したいのに適任がいない方

自分の話を聞いて欲しい方

 

 

あなたの話を聞かせてください。

 

 

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「それでも大丈夫」

 

 

心も体も絶不調でも

 

悩みすぎて涙が溢れても

 

考え事が頭の中ぐるぐるしても

 

更年期で耳鳴りが酷くて

蝉が鳴いてるように聞こえても(分かる方いる?)

 

やる気が出ないことに苛立っても

 

人に共感し過ぎて辛くなっても

 

いろんなことにいちいち敏感に反応して

自分が嫌になっても

 

全部を投げ出したくなっても

 

 

 

「それでも大丈夫」

なんだよね。

 

 

 

 

 

年の功と言われればそれまでですが

 

生きてると悩みは尽きなくて

 

「もうまたか!」ってくらい同じような、

嫌な経験しますよね。

 

 

その一つひとつを

あなたなりに受け入れたり

手放したり放置したり

投げ出したりと

 

経験値として

あなたの中に存在してるんですよね。

 

 

それが

「それでも大丈夫」

に繋がってると思うんです。

 

 

「大丈夫だったぁ」というホッとした感覚

知ってますよね。

 

 

それです。

 

 

あなたが元気のないときは

誰かのためにエネルギーは使わない。

 

 

そう決めるだけです。

 

 

それではまた。

 

 

 

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わたし「我(が)」やらなきゃの呪い

 

 

本当はなんでも自分でできる夫や息子なのに

先回りしてやってしまってたんですよ。

 

仕事もフルタイムでやって

朝5時起きして

洗濯機回して干して

お弁当も毎日作って(3人分)

もちろん夕食も作って

 

一週間に一回の休日は掃除や買い物で終わる。

 

これを私は25年間疑いもせず続けていました。

 

これ書いていて「怖いし凄すぎる」と思ってしまいました。

(今では到底無理)

 

 

世の中にはこれ以上のことをやってる主婦の方も

きっといることでしょう。

 

 

今日の空は素敵です

 

 

時々ふと「私の人生何が楽しいんだろう」と

考えることがあったんです。

 

そこから自己啓発に関することを学び始めました。

 

 

そしてやってみたことは

「料理を積極的に作らないこと」

 

そうしたら夫が作る機会が増えて

私よりも本格的にしかも美味しいものを作る

ということに気づき、

 

「料理をメインにする人は夫」という

位置付けになっていきました。

 

 

本当は私

料理をすることが好きじゃなかったのです。

 

そして

掃除機をかけるのも夫が率先してやるように。

 

本当は掃除も好きじゃないと知りました。

 

 

唯一好きな家事は「洗濯」です。

 

 

 

 

本当はやりたくないこと

イヤイヤやってること手放すと

見えてくるのが

 

「本当はやりたいことや好きだなと感じること」

なのですよ。

 

 

そしてわたし「我(が)」

やらなくても大丈夫だったこと

なんの問題もなかったこと

お願いすれば息子は「やる子」だったこと

 

 

気づくと自分が笑顔になってることが多くなりました。

(近所の人にも言われるくらいキツイ顔してたみたいです)

 

 

 

 

わたし「我(が)」わたし「我(が)」になってると

周りのことももちろんですが

一番大切な自分自身が見えなくなってしまうんです。

 

 

他人に厳しくしてしまう自分に気づいたら

「私がそうなのかな...」

と呪いに気づくところからです。

 

 

それではまた。

 

 

 

 

 

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「何をみていたのだろう」

 

私は49歳まで

やりたいことも好きなこともなく

日々を送っていました。

 

 

自分はどんな人なのかを知っていくうちに

 

49年間の人生がびっくりするくらい

 

何もなかったように感じました。

 

 

 

自分のことよりも

子供や夫や舅姑、自分の両親を優先していました。

 

そして

自分の仕事と家事を淡々とこなす毎日だったのです。

 

 

 

 

「何をみていたのだろう」

 

 

56歳の今、ふと振り返ることがあって

 

49歳まで私は

「自分以外の誰か」「自分以外の何か」しか

みえてなかったんだな

と他人事のように思えます。

 

 

 

人生に色がつき始めたのは

49歳を過ぎて50歳になる頃です。

 

 

 

幼少期もそうですが

 

学生時代、

それこそ青春時代と呼べる年齢には

灰色でしかなかったと記憶しています。

 

 

 

繊細で感受性が強くて

人や出来事に敏感で

そんな自分が息苦しくて

 

「普通になりたい」と思ってた時期もあります。

 

 

 

 

 

そもそも感覚(五感)が敏感なので

その自分を信じて行動し

 

直感やひらめきが多く

その自分を頼りに動けたり

 

洞察力を持ち合わせてる私自身を

「この自分でよかったのかも」

と今になって、ようやっと

感じられるようになっています。

 

 

 

灰色の人生がやがて色鮮やかになる

 

 

私はそれが

「自然な自分に戻っていくこと」

なのだと腑に落ちました。

 

 

我が家の壁掛けの3月のカレンダー

 

 

50代からは何を手放したとしても

 

過去の経験や体験が自分を支えてくれます。

 

 

人はいつからでもいくつからでも

人生を始められます。

 

 

 

不要ながんばりや我慢を手放して

あなたの望む自然な自分、

無理をしない生き方に変えていけるのは

50代からの″今ここ″なのかもしれません。

 

 

それではまた。

 

 

 

 

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