対話不足はトラブルの因


 世の中で上手くいっていないことは、ほとんどあることが原因になっています。

 それが何だかわかりますか?

 対話の欠如なのです。それも形式的ではなく、心のこもった対話です。

 逆に世の中で問題となっていることのほとんどは、関係者一同が誠心誠意対話を築いていけば、必ず解決するのです。

 戦争にしてもそうです。リーダー同士が、お互いの利害にかかわることで、譲れるところと譲れないところをしっかり対話し続けていけば、時間の問題で解決します。

 ただし、残念ながら、人間は感情の動物ですから、そんなに理屈通り上手くいきません。一度こじれた人間関係では、対話を再開させること自体至難です。

 でも、人格者がリーダーをやれば、プライドを捨てて国民のために動きます。ですから、国のためになると判断すれば、誰とでも対話をします。


 私はその人が本当に仕事ができるかどうかを判断するのに、対話を重視しているかどうかを見ます。

 人間一人でできることは限られています。もし、仕事で成果を出したかったら、多くの人の理解と助けが必要です。

そのためには、関係者一人ひとりを大事にし、相手が理解・納得して応援してもらえるようになるまで、根気よく対話をし続けるしか、成功への近道はありません。

「そんなの時間がかかるし面倒だから」ということで、誠心誠意の対話を通して理解と協力を取り付けずに進めていけばどうなるでしょう。必ず問題が起きます。それも大問題が。

 無視されたということで誤解した人、恨んだ人、逆上した人がどれほど厄介なことをするのか。

私もそれで何度もぞっとする思いをしてきました。論理や損得では最終的には人は動きませんから、再び理解してもらうのには大変です。


 ある会社で新規事業を立ち上げることになりました。既存事業は絶好調なのですが、社長は本業が衰退する前に、次の柱となる事業を確立したかったのです。

 社長直属の新規事業開発部が結成されました。新しい事業を立ち上げるには、メンバーとなる人は相当な体力とエネルギーが必要と判断した社長は、できるだけ若手を募ることにしたのです。社内外で公募し、平均年齢28歳のやる気集団が結成されました。

 社長の期待に応えるべく、新規事業開発部は猛スピードで新規事業を立ち上げていきました。

しかし、まったくの予想外で突然社内に激震が走ったのです。

 既存事業を支えてきた古株の役員達が役員会で社長解任の動議を出したのでした。

理由はシンプル。長年苦労して本業を立ち上げ支えてきた彼らを無視して新規事業に会社の主なリソース、特に資金を無駄に使っているとのこと。つまり、社長の権限を使って暴走し、会社を危険な状況に追い込んでいるという主張。

 社長は唖然です。長年かけて信頼関係を構築してきた役員達に裏切られた思いです。

遂に会社は、社長派と専務派という真っ二つに分かれ、事態の緊張の度を深めていきました。


 にっちもさっちも行かなくなったとき、顧問をしていた私は社長に呼ばれました。法的処置をとる前に、ビジネス的に解決できないかとの相談で、です。

 どうしてこんなに関係がぐちゃぐちゃになってしまったのかを究明するために、私は関係者一人ひとりと対話をしていきました。その結果、理由がわかったのでした。

 社長が長年の同志である役員や古い社員に相談なしで、新規事業を進めたため、既存事業にかかわる彼らは、時間の問題でお払い箱になるとの危機感を持ってしまいました。

 社長の意向はまったく逆でした。

本業に携わる人々に心配や苦労をかけたくなくて、新しい若手でできるだけやるよう仕向けたのです。ですから、社長としては古い社員をないがしろにするどころか、彼らへの思いやりでもあったのです。

 このことは、社長と役員がしっかり対話をしていれば、起こらなかった問題でした。

 ですから、私は社長以下全役員8名に集まってもらい、会食会を開かせて頂きました。所謂「ノミニケーション」をするためです。勿論、お酒の力も借りながら、全員本音でじっくり対話をしたかったのです。

 お互い会社に良くなってもらいたいとの思いでの行動でしたから、本音で対話を始めたら、すぐに誤解は解けてしまいました。

 それで社長は反省したのです。新規事業開発部の立ち上げ当初から、本業の中心者ともきちっと定期的に対話さえしていれば、こんなに誤解と混乱を招かなくて済んだものと。

 ちょっとした対話の欠如が、こんな大事件を起すのです。