有言実行で自らに挑戦


 一昔の日本では「無言実行」、つまり目標を掲げながらも黙ってコツコツ努力して達成させることが美徳とされてきました。

 確かに何も言わないで突然凄いことを達成したのなら、「カッコいい!」とか「能ある鷹は爪を隠すですね!」と賞賛されるでしょう。

 しかし、よくよく考えてみて下さい。先に言わないのですから、目標を達成したのかどうか、また約束を守ったかのどうかも他人にはまったくわかりません。

 約束や目標を宣言しないのですから、達成したかどうかは本人以外誰もわからないのです。

 ですから、本人にしてみると、とても気が楽です。できなくても約束破りでも、口ばっかりとも思われないで済みますから。


 ところが、まず宣言してしまったらどうでしょう? 大変です! 簡単にできることならいいのですが、難題であればあるほど、大きなプレッシャーになるでしょう。

「できなかったらどうしよう!」と、不安になります。

 宣言したものの、達成できないことが途中でわかったのなら、もう危機です。約束が守れなかったことでの非難・中傷・追求が待っていますから、どこかに逃げたくなります。


 若い頃の私は頻繁にそんな状況に追い込まれていました。できるかどうかもあまり考えずに、「やらねば!」と決意してはすぐに発表してしまうのです。

 逃げ場を作らせないつもりだったのですが、結果的には達成できないのですから、もう非難の嵐です。

〈あ~あ~、言わなきゃよかったのに…〉

 と何度思ったことでしょう。

 でも今振り返ってみると、やはり先に「有言」でよかったと思います。言ってできなかったこともありましたが、一度公言したなら、それこそ必死に取り組みました。普段の自分から想像もできないほど、頑張り始めるのです。

「こんなに自分ってやれば努力できるんだ!」と何度も自分自身の頑張りに驚いたものです。

そのように無理をしてきたことから、自分がどんどん成長し力をつけていくのを実感しました。

今なら自信を持って言えます。

もし、実力をつけたかったら、圧倒的努力をしたかったら、また人間として急成長したかったら、どんなに達成が難しそうでも、夢や目標や約束を公言すべきです。それで自分をあえて追い込むのです。

あなたは公言したことが、達成できなければ、「大嘘つき」にされてしまうことから、一生懸命努力することでしょう! それも普段したことのない努力、つまり圧倒的努力を、です。

 圧倒的努力をし続けると、ほとんどのことはできてしまいます。他人が簡単にはできない、また驚くような努力ですから、続けていればかなりの成果は出ます。