高い志を常に持つ

 日本の教育機関の歴史において、私塾「松下村塾」ほど短期間で多くの一流の人材を輩出したところは他にはないでしょう。当時の塾長だった吉田松陰は、1857年(安政4年)出獄して、安政の大獄により29歳で刑死するまでの間、わずか2年半で、そのような日本を背負って立つ若きリーダー約80人を育成したのです。

当時28歳だった若き師、松蔭は、高杉晋作、木戸孝允、久坂玄瑞、前原一誠、山縣有朋、品川弥次郎、伊藤博文など幕末から明治維新にかけて活躍した人材を育てました。

この松下村塾は、物置小屋を改築した質素な小さな建物でした。藩が作った学校「明倫館」へ入学できないような下級武士の師弟が多く学んでいました。しかし、彼らは、幕末から明治維新で主役となり、日本の歴史を大きく変えました。吉田松陰の構想を実現させるため戦った弟子達です。

山口県の田舎にあった小さな私的組織「松下村塾」から短期間でこれだけの人材を出し、日本を変えてしまったことは、まさに組織の模範ではないでしょうか。行かれたことがある人はおわかりになりますが、松下村塾はとても教育機関とは言えないくらい小さなあばら家でした。木造瓦葺き平屋建てで、当初八畳一間に十畳を増築したものです。

しかし、志は高く、人格の修行を柱とし、社会に有用な人材の育成を眼目とし、塾生の個性を尊重しました。常に世界の形勢や日本の実情に立って、内憂外患の危機状況にいかに対処して行動するべきかという強い問題意識に支えられていました。

塾には厳正な規則を定めず、生徒を率いるというよりも相互に親しみ助け合い、尊敬信頼し、互いに魂のとびらを開いて交わらせという人間教育でした。

下村塾から学べることは、人材育成において、資金・規模・設備・場所・期間・年齢・経験・知名度などの物理的又は形式的なことよりも、組織の崇高な理念と目的、リーダーとメンバーの高い志など精神的なことの方が大切だということではないでしょうか!

「うちは小さく知名度もお金もないから良い人材も来ないし、育つ土壌がありません」と、よく中小企業の社長さん達が言われます。しかし、組織に崇高な理念と目的、そしてリーダーの高い志があれば、人材は集まりますし、育つということです。そんな組織から一流の行動力の人は生まれるのです。