たった一度の挫折に落ちこんで毎日ブラブラしていたある日、友人の紹介で知り合ったドイツ系アメリカ人であるT婦人から、突然厳しい指摘を受けた。

「ネイト(私のニックネーム)! あなたは、今まで自分のためだけに努力してきたから、何事も成功できなかったんだよ。そのまま自己中心的な生き方を続けていったら、一生成功できないから」

「え! 僕が自己中心的だって? なんでそんなことが言えるの?」

「わかるわよ。だって自分にとってプラスになることしか、あなたやってこなかったでしょ」

「そうかもしれないけど、経済的にも能力的にも余裕がないから、しょうがないじゃない。人のために何かしている場合じゃないんだから。まず、自ら成果を出さなきゃ。でも将来、余裕ができたら、人のために何かするつもりだよ」

「だから、ネイトはダメなのよ。大体『将来、余裕ができたら、人のために何かするよ』なんて言う人で、本当に余裕ができて何かしたことを見たことがないわ。とにかく、今が大事なのよ。今の何もないときにこそ、世のため人のために生きられるか、よ。それができたら、夢は必ず叶うから」

「じゃあ、聞きたいことがある。僕みたいにすべてにおいて余裕がない人は、どうやって世のため人のために生きればいいの? お金を寄付できるわけじゃないし、若いからまだとても人にアドバイスなんかできないよ」

「あまり仰々しく考える必要はないのよ。簡単簡単。困っている人や悩んでいる人の相談に乗ってあげるだけでいいのよ」

「だから、相談に乗る余裕がないって言ったじゃない!」

「だけど、人の話を聞くだけの時間はあるでしょ?」

「今は仕事もないから時間だけはあるけど……。人の話を聞くことで本当に世のため人のためになるの?」

「なるわよ! だって、話を聞いてあげること自体、困っている人や悩んでいる人を勇気づけることになって、世の中のためになるのよ。人は誰でも孤独なのよ。困っていることや悩んでいることを誰かに聞いてもらいたいんだから。解決してもらえなくても、聞いていっしょに悩み苦しんでもらえると、ものすごくありがたいものよ。『自分は一人じゃないんだ!自分にはいっしょに悩んでくれる友、心配してくれる友がいるんだ!』と感じると勇気が出てきて、また頑張る気持ちになれる。これは立派に人を救うことになるからね。これが世のため人のためにならなきゃ、うそよ!」

「本当かなあ…?」

「信じられないんだったら、ごちゃごちゃ理屈をこねてないで、まずやってごらんなさい。それで本当に世のため人のためになることが実感できるから。そうして生きていったとき、夢は必ず叶うわよ。それを体験してきた私が保証するから」

 確信あるT婦人の言葉を聞き、少しずつ〈自分のためではなく、世のため人のために、試しに生きてみようかな〉と思うようになった。そして、言われるとおり、まず困っている人や悩んでいる人の話を聞き始めたのだった。


 ところがそんなふうに、少しずつ人の話を聞き始めて半年後、奇妙な出来事が私に起こった。

 何度も困っていることや悩みを聞いてあげていたある人が、新聞の求人募集広告欄の切れ端を持ってきたのだ。見せられてビックリした。

 それは、ビジネス・スクールを卒業した後、入りたかった世界最大級の国際会計・経営コンサルティング会社、KPMGピート・マーウィック社の求人募集広告だったからだ。

「この会社って、ネイトが入りたいって言っていたところじゃないの?」

「そっ、そうだよ。よく覚えていたね!」

「そりゃそうだよ、ネイトは僕の恩人だから。その恩人が何度も言っていた会社名くらい覚えているよ。将来そこで働きたいって言ってたじゃない!」

 しかし、その募集広告をよくよく読むと、採用のための条件(応募資格)は四つもあったのだ。


 国際会計・経営コンサルティング会社、KPMGピート・マーウィックのニューヨー

ク本社でバイリンガルコンサルタントを急募!


 [応募資格]

 アメリカの大学または大学院卒(ただし、会計学又は経営管理学専攻)

 英語と他の言語(できれば日本語)のバイリンガル

 米国公認会計士(CPA)か、CPA試験の科目合格者

 会計・財務または経営コンサルティングの実務経験三年以上



 残念ながら、私はどの条件もまったく満たしていなかった。

 どうしようか迷った挙げ句、「当たって砕けろ!」ということで、経歴書だけでも送ってみることにした。

 もちろん、どの条件も満たしていないため、可能性は限りなくゼロに近い。

〈まあいいや。経歴書を送ったからといって、何も失うものはないし。ちゃんとした経歴書を書くのも、いい人生勉強だ〉

 と、開き直り、いかにそこで働きたいかを熱く語った手紙を添えて、経歴書を送ったのだった。今までこんなに気合いを入れて、書類を作成したことはなかった。