この世の中に、幼い頃からの夢を実現できた人はどれくらいいるだろうか。もしくは就職する前の学生時代の夢を実現した人はどれくらいいるのだろう。

 ほとんどの人は、だんだん歳を重ねるごとに現実の厳しさを思い知らされ、どこかで妥協しながらその日その日を生き抜いているのではないだろうか。

 私は子供の頃から、悲しいくらい勉強ができない子だった。理解力と記憶力は最悪。そして致命的だったのが、国語力までが著しく他の人に比べて劣っていたことだ。

 先生に質問されても、そもそも何を聞かれているのかが、まず理解できなかった。だからテストの点数はきまってクラスで最低だった。

 言動に出さないようにしていたようだが、母はそのことを絶えず悩んでいたらしい。私のことを不憫に思っていたに違いない。

 そんな私に転機が訪れたのは、高校三年生の夏休み前。ある事件が起こった。

 私の将来を案じてくれていた、担任である英語科の先生が、夏休みを使ってアメリカへ短期ホームステイに行くことを強く勧めてくれたのだ。

 ところが、私は大いに困った。とにかく行きたくない。なぜなら、「母国語もまともにできないのに、異国の言葉である英語を基礎にした生活などできるわけがない」と思ったからだ。

 しかし、担任の先生は諦めなかった。ついに、母にまで電話をかけて、直談判をしてきたのだ。

「浜口君にとって、これが立ち直る最後のチャンスになるかもしれません。お母さん、行かせてあげてください! 私が全責任を持ちますから」

「わかりました、先生、お願いします。息子は必ず行かせます!」

 このやりとりがあった後、母は私にホームステイに絶対に行くように言い放った。

 私は強固に抵抗していたものの、そのことがきっかけで、人生について深く考えざるを得なくなったのである。

 このまま何事にも中途半端に生き続けて大人になっても、うまくやっていけないことは目に見えていた。

 そこで思った。ここは一つ、〈異国の地アメリカで、今までとは違う文化・環境で人生を見つめ直してみよう〉と。それに、そろそろ敗者復活の糸口を見つけなければならなかった。このホームステイがきっかけにならないだろうか、とも思いはじめていた。

 こうして、生まれて初めて海外に行くことになったのだが、アメリカに飛び立つ直前、成田国際空港で母が最後に言った言葉が忘れられない。

「直太、行って来い! アメリカに行って、男になって帰っておいで! お母さんは期待しているから」

 太平洋戦争の出陣でもあるまいし、なぜアメリカに行くことが、男になれるのか。まったく意味不明であったが……。〈勘弁してよ。ただでさえ、いやいやながら行くんだから〉と、返す言葉もなく心の中で叫んでいた。