挫折はあらゆる考えを深めるキッカケとなります。

 すべてを賭けて頑張って、それでも実現できない悔しさをとことん味わってみる。すると、それまで表面的に考えていた問題の本質を深く探るようになるのです。

 私の例では、国際経営コンサルタントになりたくて、アメリカに留学し、ビジネススクールを受けたのに七校全部落ちてしまったときがそうでした。

 それまでは、「国際経営コンサルタントになれば、楽しそうだし、仕事も面白いだろう」「お金も儲かるし、国際的に活躍できるのがかっこいい」というような軽いレベルでしか考えていなかったわけです。

 でも、その道が断たれたときに、「一体何のために目指してたのかな?」と考え始めます。

 「生きる目的とは?」「働くってどういうことか?」「何のために夢をもつのか?」「夢を達成することが、自分にとって本当に幸せなことなのか?」

 生きること自体を考えさせられる。中途半端に考えていたら、死ぬまでずっと負け犬のままで、末端で恥ずかしく生きていく存在になってしまう気がしました。

 不思議なもので、とことん考えていくと、今度はだんだん開き直ってきます。ビジネススクールに落ちたからって、国際経営コンサルタントになる可能性がゼロになったわけじゃない、と思えてきました。

 可能性がゼロじゃなかったら諦める必要は全然ない。しかもただ出世のため、自己実現だけの夢ではなくて、世のため人のために頑張っていくことが大事だとわかったのです。

 順風満帆に物事が進んでいるときは、なかなか考える機会がありません。うまく行っているから、深く悩む必要もない。

 だからこそ、失敗や挫折を繰り返し、自分と向き合って深く対話することが大切なのでしょう。