「評論や批判ばかりする人は、自ら敗北者になりつつあることに気付かない愚かな人」



 いまや「一億総評論家」時代です。

芸能はもとより政治に関しても、経済に関しても誰もが評論や批判をしています。勿論、その標的は社会的な話題に限ったことではありません。

ビジネス街のランチタイムのレストランで、あるいは終業後の居酒屋で、会社の経営方針から上司に対する評論や批判を行っている場面に出くわすことはよくあります。

 少し前までは、アルコールの入った席で日頃の鬱憤を晴らすというものが主流でした。所謂「愚痴」ですね。


いまは愚痴なんてかわいいものではなく、痛烈な非難・中傷に変わりつつあります。

しかし、人のことを評論や批判をしている時間があったら、自分を顧みる方が、自分の成長のためになることに気づいて欲しいのです。

 評論や批判は自分を主体として他人に向けて行いますね。自分は蚊帳の外か、自分は常に正しいという立脚点です。そこには、自分が成長できる材料はまったくありません。

もしも、評論・批判をしたいのなら、「自分はああいったことはせず、具体的に○○○をする」という反面教師としての捉え方をしないと、自分のためにはなりません。

 そんな、人の話をしている時間があるのなら、自分を磨く方がよほど有意義です。


何も、終業後に学校に通いなさいと言っているのではありません。

好きな本を読む、好きな劇や音楽を観賞しに行く、また、趣味のサークルに参加する等々。それでも十分に自分を磨くことができます。

勿論、帰宅途中で語学を習いに行くのも、ビジネス・スクールに通うのもいいと思います。

 

同僚と一緒にいることが全て悪いわけでもありません。それも、自分を磨く手がかりになることだって十分あります。

その時には、単純に他人の評論や批判をするのではなく、同僚の仕事の進め方や、学生時代の体験など、自分と違った経験を語り合い学び合うだけでも、自分を磨く材料になります。

 全ての時間を自分磨きに使おうと言っているのでもないのです。

「とにかく学ぼう、自分を磨こう!」という気持ちが大事なのです。そのように意識しないとなかなか人間的に成長できるものではありません。

日頃から、「自分を高める」「自分を磨く」という意識を努力して持ち続けることがポイントです。そうすれば、他人のことを評論している時間が如何に無駄なことかに気がつくるはずです。そんなことをしている人が哀れにさえ思えてきます。


どこに行くにも何をしていても、自分を磨く言動が立派な社会人としての基本であり、実は成功の元となるのです。