「上司がバカだとわかった時、『できない社員』は、嘆き非難する。『できる社員』は、チャンスだと感謝し、反面教師にしてしっかり学ぶ」



「あ~あ~、うちの上司はバカだからいやになっちゃうよ! 顔も見たくないし、同じ部署にいるのも苦痛だわ。早く彼他の部署に移動にならないかな……」

 あるコーヒーショップでたまたま居合わせたOL3人組の一人が大声で嘆いていました。

そう言えば、私が日本の大学を卒業して、大手米系コンサルティング会社のニューヨーク本社に就職した際、職場の上司について、よく先輩が、同じように嘆いていたのを思い出しました。

 私には、そんな発言がとても信じられませんでした。と言うのも、確かにある意味においてバカな上司なのかもしれません。しかし、上司であるということは、部下より経験・知識など多少なりとも優れている部分があるものです。もし、部下が成長する気さえあれば、バカな上司からでもいくらでも学べるところはあります。

また、上司の欠点を批判する時間があれば、自分でそうしないよう反面教師すればいいのです。


 私の場合、皆がバカな上司と思っていた人でも、とても凄い人に見えました。

特に、将来同業で独立することを考えていましたので、その上司から何でも学び、いいところはどんどん盗んで真似しようと、毎日必死でした。

 そう思って上司と接していると、ほとんどの部下から「バカな上司」との評価を得ている人でも、学べることは山ほどありました。逆にあり過ぎて焦ったぐらいです。

「何とか彼より仕事ができるようにならなければ!」とか、「今、彼ぐらい経験・知識があれば、どんなに楽だろう」とかで、ほんの少しでも自分より優れていたら、学ぼうとしました。

 確かに、周りの人達が言うだけあって、バカな上司には弱点や問題点も沢山あります。しかし、そんなことは、私にとってどうでもよかったのです。彼の下で一生部下をやるわけではないですし、彼の凄いところだけ見て、真似するだけでも毎日精一杯でしたから。


 そもそも上司の批判や評論しているということは、暇で余裕がある証拠です。

仕事は戦いであり、職場は道場ですので、成果を出すために真剣に仕事をしていれば、そんな時間的・精神的余裕なんてまったくないはずです。

 私から言わせて頂くと、ダメな上司からも学べない人は、伸びる権利を自ら拒否しているようなものです。

会社もバカではないですから、それなりの理由があって、その人をその役職に就かせているのです。

 また、私は、世の中に偶然はないと思っています。あなたに起こることすべては必然なのです。ですから、どんなに現実から逃げても、たとえ転職したり、職場が移動になったりしても、結局また、必然としての問題が起こります。

 従って、真正面から嫌なことや悩んでいることなど、様々な問題と立ち向かい、解決しなければならないのです。逃げれば逃げるほど、問題は大きくなり、悩みはどんどん大きくなります。


 また、人生の先輩である上司をバカにすることは、人生や経験をバカにしていることでもあると思います。そんな簡単にバカにできるほど、人生甘くありません。

上司、同僚、部下の誰からも謙虚に学べない人は、職業人として人間として伸びないですから、凄く損をすることになるでしょう。特に、激動するスピーディーなビジネス環境においては、「自分以外は皆先生」と思い、絶えず勉強する必要性があります。気を抜いたり油断したりしたら皆から取り残されます。

私はこのことを、職場における「革命的危機感」を持つこととして、非常に重視しています。この「革命的危機感」があれば、バカな上司のことなどまったく気にならなくなるのです。

なぜなら、生き残って力をつけていくことで必死なため、自分にどう力をつけていくかで頭が一杯になります。却って、上司が多少バカでいてくれた方が、プレッシャーを追っている部下にとっては、精神的には楽になります。上司をバカにする余裕や暇があったら、自分を磨くことに時間と労力を注いだ方がよほど価値的です。

面白いもので、上司のことをバカにする人は、上司が替っても、また新しい上司の弱点や問題点をすぐに探して、またバカにし始めるのです。

これで、上司に対してどういう姿勢で臨めば職場や人生において、勝利者になれるか、一目瞭然ですよね!