「現代社会において、職場ぐらい道場といえるところはないだろう。職場ぐらい人間として切磋琢磨でき、鍛えられる場所はないからだ」
仕事の定義を「人間性を向上させるために行う、世のため人のため自分のための訓練・修行」として紹介しました。
その訓練・修行の場所が、職場です。ですから、「職場は道場」といえるのです。
残念ながら、「職場は道場」と思って働いている人はそう多くないようです。
しかし、「できる社員」として評価を受けている人は、意識のあるなしにかかわらず、「職場は道場」という感覚を持っています。
それはなぜでしょう?
「できる社員」は、何事に対しても全力かつ真剣勝負でやっているからです。それも、一瞬一瞬です。であれば、結果的には「職場は道場」として働いているのも同然なのです。
「できる社員」といっしょに働くと、その真剣味が伝わってくるものです。
先日私は、会社の朝礼で次のように厳しく言いました。
「神聖なる職場で他人をおちょくる人がいるようです。言語道断です! そんな人はうちの会社にはいりません。もし、改められなければ、すぐに辞めて下さい。『仕事は戦い』であり、『職場は道場』です。これが理解できない人は、うちにはいりません!」
うちは、経営者や企業に対して指導・支援する経営コンサルティング会社ですが、方やれっきとした「吹けば飛ぶような」零細中小企業です。
中小企業の宿命として、日々毎年食うか食われるかの戦いを強いられます。ちょっと気を抜いただけで、会社は傾き始めます。真剣勝負以外何者でもありません。
従って、その厳しき現実を、私の言動を通して伝えてきたつもりでした。それだけに、ショックでした。
中小企業と言えども、社員、つまりサラリーマンであれば、自動的に給料が貰えます。それに油断して真剣味のない社員が出てくるものです。
でも、中には一瞬一瞬真剣に仕事で戦っている社員もいます。
それが「できる社員」と「できない社員」の大きな違いとも指摘できます。
「できる社員」は、何事においても全力かつ真剣にやります。大変な危機感を持って仕事しています。ですから、自然に「職場は道場」になっていきます。
「職場は道場」ですから、出社の際は「お願いします!」という気持ちで「おはようございます!」と、また退社の時は「ありがとうございました!」が、「お先に失礼します!」とか「お疲れ様でした!」というあいさつになります。
道場に入る時と、退場する時ですから、誠心誠意のあいさつをしなければなりません。
出社の際は、その日一日の仕事で鍛えてもらえるわけですし、退社の際は、実際に人間として様々な訓練と修行をさせて頂いたのです。
本当に有り難いことです。
頭が下がる思いにならなければ、その人はその道場である職場にいない方がいいでしょう。
もし、理解できなければ、「人間性を向上させるために行う、世のため人のため自分のための訓練・修行」の意義と大切さを、上司や先輩から徹底的に教わるべきでしょう。