「本当に偉大な人とは、間違いをしない人ではなく、間違いを謙虚に認め謝れる人。なぜなら、人間が人間たる所以は、間違えるところにあるからだ」

 私は独立するまで、米国で二つの大手国際会計・経営コンサルティング会社に、お世話になりました。

その間、私自身に関して誇れることは、何一つありません。

しかし、付いた上司については、心から誇れます。と言うのは、皆素晴らしい人ばかりで、本当に運が良かったと痛感しています。

何故そう思えるかわかりますか?

確かに付いた上司は例外なく仕事においても、凄くできる人ばかりでした。が、人間として心から尊敬できたのです。

一番心に深く残っているのは、皆さんプロ中のプロですので、滅多に間違いをしないのですが、間違えた時には、真っ先に素直かつ謙虚に認め謝るのです。

その謙虚さには何度もビックリさせられました。

「申し訳ない。日頃から皆に「基本的な間違いをするな!』と叱咤しているのに、その言い出しっぺの私が、間違っていたら、上司として失格だな。本当にすまん、許してくれ」という感じです。

 その謝り方が見事なのです。とても気持ちいいのです。

 なぜかと言いますと、上司としてのプライドを捨てて、部下である私達全員に心から謝るのです。

 私はそれを聞く度に、尊敬の念を持ちました。

「凄いなあ! それにとてもカッコいいなあ。これからも何があっても彼に付き切っていこう! 僕もいつかし上司になれたら、彼のように部下の前で潔く間違いを認め、謝れる心の広い人になりたいなあ……」

 彼らのような上司を一言で表現すると次のようになります。

「仕事ができるから立派ではなく、仕事ができるのに謙虚だから立派なのです」と。

 間違いをしたら、いつも謙虚に認め、謝れるようになると、部下も同じように謙虚になっていきます。

やはり、なんだかんだ言っても、部下は上司の背中を見て育つものですね!

100のお説教よりも、一つの誠実な態度が、部下の心を開くのではないでしょうか。

上司によっては、誰が見ても明らかに間違えていることがわかるのに、必死にその間違いを隠し続け、認めようとしない人もいます。部下に簡単に謝りたくないというプライドがあるからなのでしょうか?

とてもみっともないし、人間としての評価を自らが一挙に下げているのに、気がつかないのです。可哀想でもあります。

「国家の品格」という本が話題になりましたが、今後は「上司の品格」も大事ですね。

そんな上司には、誰も付いてきません。部下はそんな上司の下では、頑張る気にもなれなくなるでしょう。

 ところで、偉そうなことを言っている私も、間違いがあったら、謙虚に認め謝れているかどうか、極めて疑問です。

 その辺堂々と言い切れないのですから、できていないのではないでしょうか。

 大大大反省です!

「周りにいる皆さん、ごめんなさい。これから、間違いがあったら、謙虚に認め謝りますから、遠慮なく指摘してくださ~い」