「やる前に意味がわかることだけやろうとしたら、ほとんど何もできなくなる。やってみて初めてその本当の意味がわかるからだ」
言われたことを意味がわからないからやらないという人は、いつまで経っても何事も成就できないし、人間としても成長しません。
なぜなら、やる前に本当に意味のわかることなど、基本的にないからです。何事もやってみて体験してみて、初めてそのやったことの真の意味がわかるのです。
残念ながら、現代の若い人のほとんどは、まずやってみるということをしません。
少しでもリスクが高かったり、やる意味が不明だったりすると、理屈をこねてやらないのです。それがたとえ上司や先輩から言われたとしても、です。
家庭でも学校でも、理屈に従って人と同じことをまんべんなくこなすよう教えられてきたからでしょうか。とにかく何事もバカになってやってみるということをしません。
私は、米国の経営大学院(ビジネス・スクール)を受験するために、大学を出てすぐに渡米しました。7校も受けたので、どこかには受かるだろうとたかをくぐっていました。特に学力には自信がなかったので、直接学部長に会ってもらって、入って学びたい熱意を一生懸命訴えました。
そのお陰で、いくつかの学校から入学の内定を貰ったのでした。裏口入学に近いものがありましたが、入ったもの勝ちだと思っていましたので、私の中では、問題なかったのです。
ところが、全部落ちてしまったのです。それで日本に戻ればよかったのでしょうが、帰国しなかったので、ホームレスかつジョブレス状態に陥ってしまいました。
とても恥ずかしくて日本にも戻る気になれませんでした。それもそのはずです。ビジネス・スクールは絶対に入ることを皆に豪語していましたので。
「僕は今までバカでダメだったけど、米国行って生まれ変わるから。絶対に大成功するから、皆見ていてね! まず、ビジネス・スクールぐらいは軽くクリアーするから」
もう後には戻れない状況を自分で作ってしまっていたのです。
そんな中、たまたま知り合ったドイツ系アメリカ人のおばさん、ステファニーに、私がいかに自己中心的に生きてきたかを厳しく指摘されました。
「ネイト(私の米国でのニックネーム)、あなたは、なぜ何をやってもダメかわかる?」
「それがわかれば苦労しないよ。そんなこと誰にもわからないでしょ。神様、仏様じゃあるまいし。ステファニーにはわかるの?」
「私にはわかるわよ! それはね、ネイトがあまりにも自己中心的に生きているからなのよ。だから、皆あなたのことを好きになれないし、応援もしないからなんだよ。誰からも見放されているんだから、運もどんどん悪くなっていっているのわかる?」
「自己中心的じゃないのになあ……。ただ、力がないから何事にも必死にやっているだけだよ」
「すべてに一生懸命なのはいいことだけど、自分にとってプラスになること以外しないというのは、自己中心的以外なにものでもないのよ。人のためになることもしなければ」
「精神的にも経済的にも余裕がないのに、どうして人のためになることができるの? それじゃあ、偽善じゃない?」
「余裕がない今だから人のために生きることが、あなたのためになるし価値があるのよ! 余裕ができたら人のために何かすると言う人は、実際に余裕ができたら更に自己中心的になって、何もしないものよ。すべてにおいて余裕のない今のネイトにも、人のためにできることはあるのよ」
「え! それって何? 今のこんな僕にも人のためにできることなんてあるの?」
「人の相談に乗ってあげることよ。困っている人、悩んでいる人の話を聞いてあげるだけでいいのよ。そしたら、その人達は、あなたのことをとても感謝してくれるのよ。それってすごく人のためになることをしているのよ」
正直いって、私にとって彼女の言っている意味がよくわかりませんでした。
人の話を聞くだけで、人のためになるとはとても思えませんでした。でも言われた通り実践してみようと思いました。
彼女の言う通りにならなくても、失いものは何もないと思ったからです。それだけ、当時の私は何もなかったのです。ただ、唯一あったのは、時間でした。何もしていないので、時間は限りなくあったのです。
それからというもの、私は、彼女の言う通り、人の相談に乗りまくりました。青二才なので、とてもアドバイスや激励はできませんでしたが、ひたすら、一生懸命相手の話しを聞きまくりました。
そしたら、相談に乗った人達からものすごく感謝され、私のファンになってくれました。その数がどんどん増え、何千人以上にもなってしまいました。
そしたら、私の人生は大きく好転し始めたのです。
無事ビジネス・スクールを卒業できたら入りたかった大手コンサルティング会社に、ビジネス・スクールを出ることなく、プロフェッショナル・スタッフとして採用してもらえました。
その上、その会社でスピード出世させて頂き、夢にまで見た米国で「国際経営コンサルタント」として独立できたのでした。
その間、会社の費用と大学の奨学金で、会社勤めしながら、ビジネス・スクールで修士・博士課程まで終えることができたのです。
奇跡が立て続けに起きてしまったのです。