米国にいた時、本気で人の幸せを願い祈るアメリカ人若夫婦と出会いました。

ご夫妻の名前は、ボブ&リンダ・エマーソン。

 ご主人は、売れない作曲家でした。ですから、生活はとても苦しかったようです。本業で稼げないので、奥さんがレストランでウエイトレスをしながら、一生懸命家計を支えていました。

 経済的にはけっして楽ではないのに、私をよく自宅に招待し、食事をご馳走してくれました。

 二人は大学時代の音楽の授業で知り合い、友人になったのです。その直後、コンサートで彼の演奏姿を見て、彼女が一目惚れしたのだそうです。

 当時、音楽を通して困っている人や悩んでいる人に、少しでも勇気と希望を与えたいとの一心で、彼は音楽をやっていたのです。

ボブは、世界平和の一役を担いたいと真剣に願っていました。

そのため、時間の許す限り、孤児院、病院、老人ホームなどに行っては、ボランティアでギターを弾き、歌を歌い続けました。

そんな一途な生き様に、彼女は彼をとても尊敬し、共感していました。

ボブとのいっしょの日々は、貧しくてもとても幸せでした。一生愛せるパートナーを得た喜びで、毎日胸が一杯だったのです。

相思相愛とはこのことです。傍から見ていて、本当に麗しい夫婦愛でした。

 ある時、ボブがテレビをつけたら、イラクでの戦場が映っていました。そこには、戦争で親を失い、飢え泣き叫びながらさ迷い歩いている子供たちがいました。

その光景を見て、ボブは愕然としました。胸が締め付けられる思いで。

彼はその子供たちに、「音楽を通して夢と希望を与えたい!」と思ったのです。そして、突然イラクに行くことを決意しました。

「一日も早く彼らのもとに行って、音楽を聞かせてあげたい! 音楽を通して希望と愛を与えてあげたい!」と。

 命からの叫びでした。

 奥さんは大反対しました。当然です。彼女のお腹には新しい命が宿っていたのですから。

彼は言いました。

「必ず帰ってくるから、一人で行かせてくれ! これは俺の使命なんだ!」と。

 リンダは知っていました。ボブが言い出したら聞かないことを。

そして、涙ながらに彼のイラク行きを承諾したのでした。

その時彼女は察知していました。もう二度と彼と会えないかも知れないことを。だから悲しくてしょうがなかったのです。

 彼がイラクについた旨を知らせきた手紙が届いてから、一週間経っても、一ヶ月経っても、その後彼からの音沙汰はありませんでした。

 三ヶ月経った頃、ある時、テレビでイラク情勢のニュースが流れてきました。

アメリカ人ミュージシャンたちが子供たちを集めてコンサートをしていた途中、テロの爆撃があり、ミュージシャンたちは全員即死したとのこと。そして、亡くなったミュージシャン一人として、ボブの名前が読み上げられていました。

 リンダは心の中でささやきました。

「やっぱり…… 遂に来る日が来たのね…… ありがとうボブ! 本当に幸せだったわ」

 その五年後のことです。

ボブのコンサートを何度も観たという一人の青年が、イラクからリンダの元に突然訪ねてきました。

ボブは自分に何かあったら、形見として作曲した「イラクからリンダに贈る曲」のカセットテープをリンダに渡して欲しいと、その青年に託していました。

 そこには、イラクのテロ組織に働く若者に対するメッセージがありました。

どんなに意地悪されても

どんなに苛められても

どんなに嫌なことをされても

だからってその人を憎んでどうするの

何の解決になるの

そうしなければならない環境で育ったんだもん

だからその人の幸せを願い祈ってあげようよ

本当はそんなことしたくなかったんだから」

 五歳になったばかりのボブの息子は、曲が流れると、涙ながらに口ずさむのでした。