のんびり生きるのも人生でしょう。我々は全員いつか死にます。頑張って生きて、100年がいいところです。

 人によっては、本当に短い人生を送らなければならない人もいます。今この私の文章を読んで頂いている人でも、明日この世からいなくなっている人もいるかも知れません。

 そんなことを言っている私も、明日生きていないのかも知れません。


 私は一日こそが人の一生の人生だと思っています。朝起きた時が、生を受けた瞬間です。そして、夜寝ることで臨終の時を迎えます。

 ですから一日一日生死を繰り返しているものと受け止めています。その考え方でいくと、明日はないのです。今日一日が人生のすべてなのです。

 たった一日しかないですから、真剣に生きられます。生きることの意義や本質を求めて、時間を大事に過ごします。


 私のメンターは、多くの人の死を看取ってきた看護士が語っていたことを次のように紹介されていました。

「人生の最期に、ぱーっと、ビデオテープみたいに、自分の人生が一気に思い出されるようです。その中身は、自分が社長になったとか、商売がうまくいったとかではなくて、自分がどんなふうに生きてきたか、だれをどんなふうに愛したか、人に優しくしたか、冷たくしてしまったのか。自分の信念を貫いた満足感とか、裏切った傷とか、そういう『人間として』の部分が、ぐわぁーと自分自身に迫ってくる。逃げられない。『人間として』の最終決算。それが『死』だと思います」

 それを聞いてメンターは言われました。

「そのせいだろうか、死の淵まで行って生還した『臨終体験』の持ち主の多くは、体験の後、物質的な欲望や、社会的地位にこだわらなくなるという。しかし、そういうことが頭でわかっていても、知識だけで死に立ち向かうことはできない。死を迎えるのは頭だけでなく、わが身の全体なのである。ゆえに、生命の全体が芯まで信念に染め抜かれていなければならない」


 正しく生きるために、またお金儲けをする上でも、信念を持つことの大切さを実感させられます。

 結局何のためにお金儲けをするのか、です。それは、何のために生きるのか、というテーマでもあります。


 今日一日しか生きられないとわかっていたらあなたはどうしますか?

 その短い人生を自分なりにできるだけ謳歌しようとするのではないでしょうか。また、生きた証を残そうとしませんか。

 更に時間をとても大事に使うでしょう。お金儲けでも、すぐに成果に繋がることをするでしょう。それも儲けたお金をあの世に持っていけませんから、単なるお金儲けではなく、世のため人のためになることをするのではないでしょうか。

 でも、もしそんな気持ちを持ちながら、長生きできたらどうでしょう。その積み重ねを続けられるとしたら、大変な成果が出ると思いませんか。


 私が出会った米国の大富豪達は、毎日毎日一生懸命生きていました。まるで、明日がないかのように。ジョークは言うものの、その裏ではビックリするほど真剣に生きていました。

「だからあんなに大きな成果が出せたのだ!」と感心したものです。

今から思えば、彼らの成功するための行動原則なるものが凄く納得できます。あれだけ、集中して真剣に頑張れば成果は出ると。