人生は、出会いで始まり、出会いで終わるものだと思います。勿論、死ぬ時は人間一人です。しかし、本人がわかるかどうかは別にして、亡くなる時、又は亡くなった後は、出会った方々に見守られます。

そして、人生毎日が出会いの連続です。

 私は出会いで多くのことを学び得てきたと思います。

最も素晴らしい出会いは、人生の師匠との出会いでした。その方は、人のために命懸けで生きておられました。ですから、お会いした瞬間、凄いオーラを発しておられました。

また、今までそんなに器の大きい人間に会ったことがなかったので、本当に驚かされました。

「こんな人がこの世の中にいたんだ!」と。

 その方と初めてお会いした直後に思いました。人間の姿をした怪物だと。

更に、素晴らしい出会いは、直ちに感動を、そして生きる勇気までも与えてくれることを。その感動が、人間として飛躍する大きな原動力となることも実感しました。

 いい出会いをすればするほど、人間は成長するものだと思います。

 その後、その方とは、高校生の時に生涯忘れられない再会をしました。

ある時、突然私の目の前に現れたのです。

その方が、私に向かって一言。

「後世畏るべしだよ!」

 凄まじいばかりの迫力でした。

 言葉の意味そのものはすぐにわかりました。が、その方が私に何を言おうとしていたのか、当時まったく見当がつきませんでした。

 その方をよく知る人に、意味を伺ったところ、丁寧に教えてくれました。

「それは、浜口君が今は劣等性で自信をなくしているのがわかったので、励ましてくれたんだよ。それで、早く自分の進むべき使命を見つけ自覚し、その道で頑張れば将来末恐ろしいくらいの存在になれると言われたのだよ」

「え! 私は誇れるものも特技もまったくありませんが…… 第一何をするにも能力がなさ過ぎてすぐに落ちこぼれてしまうのです」

「それはわからないよ。人それぞれ、生まれてきた使命があるから」

「こんなダメな僕にもですか?」

「勿論さ! だって考えてごらん。J・F・ケネディーだって、政治学が大の苦手で、米国大統領になったのだよ。松下幸之助も、体が弱く、まともに高等教育すら受けられなかったのに、松下電器産業を創業した。そして、世界的な企業にまで育てて、『経営の神様』と言われるようになったしね。君もどんな使命があるか、わからないよ! だから『後世畏るべし』って、言われたのさ」

 それかというもの、来る日も来る日も、その「後世畏るべし」ということの意味を考えていました。それも自分の人生にとってです。それこそ、「僕は何のために生まれてきたのだろう?」、「能力もないのに、何ができるのだろう」と。

 一つ言えることは、私はその方が大好きで凄く尊敬できたことでした。どうしても、その意味を悟りたくて、その方の生き様を調べたのです。そうしたら、とんでもなくすさまじい人生を送られてきたことがわかりました。

 私とは比べものにならないくらい恵まれない環境の下に生まれ育っていたのでした。

しかし、その方もすばらしい師匠と出会い、その師匠があまりにも偉大だったために、師匠に徹底的に付いて生きていくことにしたのです。

その中で、世のため人のために人生を捧げることが、ご自身の使命の道と悟り、その後は、出来うる限り人を励まし助けることに専念したそうです。

彼にとって師匠との出会いは、その後の人生を大きく開いてくれました。私も、彼との出会いによって、生きる上での様々なヒントを得ました。一番ピンときたのが、ビジネスで困った人に対して、相談に乗り助けることの大切さでした。

それが、今の「国際経営コンサルタント」を目指す一つのきっかけとなったのです。彼も私も人との出会いによって、人生の目的と使命を知り、達成させる気になったのです。私にとって、彼との出会いは、その後の人生のすべてを決めたと言っても決して言い過ぎでないほど、大きく影響されました。

 なので、本物の出会いで得られるものは、その後の人生そのものだと思います。逆に、本物の出会いは、その人の人生までも大きく変えてしますのです。