一昔前までは過去の経験や知識は、会社経営の上で必須条件であった。ところが、インターネットによる超スピード化時代に突入した今、この過去の経験や知識が逆に会社経営における経営者・管理者の意思決定を大きく狂わせ始めている。

このことにどれほどの人が気付いているだろうか?

実は経営に行き詰まっている会社のほとんどの経営陣は、未だに過去の経験や知識にとらわれるという過ちを犯している。

インターネットに代表される情報通信・コミュニケーションにおける技術革新によって、今、時代は過去に経験が無いほどのスピードで変わりつつある。米国の友人経営学者達は100年に1度の大転換期だと言う。

 私も経営コンサルタントとして、様々な国で急成長しているベンチャー企業の経営者の方々と出会う中で、「今」の時がまさに「100年に1度の転換期」であるということが、決して誇張ではないと痛感せずにはいられない。

 米国に遅れること約10年。日本もようやく本格的なベンチャーラッシュ時代に入ろうとしている。

 丁度、江戸時代末期から明治維新の頃のように、大きな革新的変化の中で過去の経験や知識を基に物事を判断すると、当然致命的な間違いを起こすことになる。次の大きな一手を間違えると、企業規模や社歴に関係なくあっという間に滅びる。つまり、過去の経験や知識、更に成功は、かえって大事な意思決定には邪魔物になるということだ。

 ある大企業の新規事業に関するコンサルタントを3年間させて頂いた際のこと。この会社は日本企業としては稀なくらいグローバルに事業展開し、世界的にも著名なのだが、もし同社が新規事業開発において当時のままを繰り返し続けていったならば、山一證券や日本長期信用銀行のように会社そのものの存続が危ぶまれるだろうと、私は密かに案じていた。案の定、その会社は今大ピンチに陥っている。

 なぜそんな大それたことが、凡人の私に予測できたのだろうか? 自問自答してみた。理由は簡単だった。

この企業は、私が知った時、既に重度の大企業病に犯されていた。その症状は、新しい事業を始めるにあたって、今の時代には通用しない過去の経験や知識を無理に集積させ、長期間かけて決めようとする。その期間は短くて3ヶ月、長いと1年もかけて意思決定をしていた。組織が大き過ぎて、決議をする前に必要な根回しと稟議書のやりとりで相当な時間・エネルギー・労力がかかる。

 ところが、そうやって長期間かけて根回し稟議をし、ようやく意思決定しても、いざ新規事業に取り掛かかる段階ではもうおそ過ぎる。既に誰かが先にやり始めているか、もうチャンスはなくなっている。大概の場合、スピーディーかつフットワークのいいベンチャー企業に、既に先を超されている。

 このような差し迫った経営環境の大変化から、今までのような過去の経験や知識に頼った意思決定はむしろリスクを高めてきている。

 ではどうしたらこの危機を乗り切れるのだろうか? 米国の有能なトップマネジメントをこの5年間観察した結果、私は少なくとも次の点は経営者・管理者として常に心がけておくべきだと考えている。

 それは、将来直面するであろう会社に対する危機・問題を絶えず予測することだ。過去の経験や知識があてにならなくなった現代において、事前準備・予測能力が勝敗を決すると言っても過言ではないだろう。

米国で今伸びている大・中堅企業・ベンチャー企業の経営陣は、例外なくこの能力が備わっている。昔から、先見性は企業経営における重要な能力の一つと言われてきたが、今後その重要度は一層増していくだろう。

それでは、米国で成功している経営者達は具体的にどうしているのだろうか。

彼らは常日頃から、将来起こりうる色々な経営上の問題とその対処法を絶えず考えている。従って、いざ問題が起こった場合、打つ手を即決できる。

ほとんどのケースがまったく新しい問題であることから、過去の経験や知識を基に打つ手を決めることができないため、間違えることも多いようだ。しかしその際、最初に打つ手が失敗した場合をも想定していることから、打った手の結果をスピーディーにフィードバックさせた上で、その時点で、修正を含めた次の手をすかさず打つのだ。

このような意思決定方法は、インターネットによるスピード化時代には欠かせない。過去の経験や知識が参考にならない状況下で意思決定を行う場合、米国の経営者の間では、ある程度の情報収集を超短期間で行った後、直感による即断即決がなされ始めている。

この場合、情報収集期間は数日、場合によってはその日のうちというきわめて短いものであることを注目したい。それ以上時間をかけると、状況が変わり意思決定のために前提とした要素まで変わってくるのだ。

特にマルチメディア、インターネット、ブロードバンド、通信関連ビジネスは、スピードがすべてと言える。

日本でも企業合併・買収(M&A)などの場面で、お金でスピードを買う時代に入りつつあることを日々実感する。

これからの時代、過去の経験や知識に頼らず、スピーディーにできる意思決定体制やメンタリティーのない企業の経営陣は、大企業たりとも生き残れないことは確かだ。そのような現象が、既に90年代初頭から米国では起こっている。

以上のように、米国の優良企業の意思決定はとにかく早い。

先日ある大手流通米国企業のトップに提携の話を持ち込んだところ、2つ返事で了解を頂いた。経営会議や取締役会にかけなくて良いのかと聞くと、「即決しないと競合他社と組まれるでしょうから。そうなると即決しなかった私は、取締役会や株主から最高経営責任者(CEO)として不適切との評価を得るでしょう」とのこと。

また、ベンチャーラッシュ時代において、意思決定基準のカギとなるのは、「株主利益の適切な追求」だ。度が過ぎる株主利益の追求は、80年代の米国の企業が経験したように、バランスを欠いて結局は社員・顧客・取引先からの抵抗に遭い、会社を破滅させる原因になる。

一方、あまりに株主利益の追求が重視されていない日本企業の場合も問題である。その意味で過去の経験や知識が邪魔をする新経営環境においては、株主利益を重視する経営が、日本企業にとっての一つの重要な意思決定基準になると言えよう。

上場企業は、それを実践してこなかったツケとして、「村上ファンド」や外資系投資会社などからの買収ターゲットになったのだ。今、そのような厳しい現実と真っ向から戦かわなければならない。

資本主義経済というメカニズムを利用しながら、そのルールを無視してきたことによる「罰」であろう。「原因結果の法則」から当たり前のことだ。