富田康夫さん(仮名)は、日本の高校を卒業後、アメリカの大学、さらにビジネススクールに進学し、MBAを取得した。大学院修了と同時に帰国。日本の大手広告代理店に入社し九年近く勤めたが、ある大型プロジェクトの責任者になった直後、上司と大喧嘩し後先考えずに会社を辞めた。

 退職後、半年たっても納得のいく就職先がなく、思い切って独立することにした。事業を起こすならグローバルに展開したいと、アメリカで起業しようと考えたが、アメリカは広大でどこで会社を設立したらよいかまったくわからない。たまたま、あるアメリカの雑誌に連載中の私の記事を読んで、富田さんは私に相談してきたのだった。

 アメリカでは各地域それぞれ中心となる産業が違う。したがって、富田さんが行おうとする事業次第でどの地域で起業したら有利かが決まってくる。彼はインターネットをフルに活用した広告代理業を考えていた。それではと、アメリカでもその種のビジネスの中心であるニューヨーク、特にシリコンアレーを企業の場として薦めた。

 その後3カ月間、彼は会社設立の資金調達に日本を駆け回り、35万ドル(約4000万円)を集めた。広告主が過去のデータから費用対効果を考慮したうえで、どのインターネット企業に広告を出すかを選べる「ビジネスモデル」の目新しさが評価されたのだ。

 富田さんは将来NASDAQ(米店頭株式市場)もしくは日本の株式市場に株式公開したいという。そこで、私は彼にニューヨークでの創業にあたり、次の3つのことを助言した。

(1) 日米の証券取引法、つまり株式公開を熟知した大手で、日本にも事務所を持つアメリカの弁護士事務所からアドバイスを受け、法的書類作成・手続きを代行してもらう。当初弁護士費用が高めにつくが、料金が安いという理由でいいかげんな弁護士に依頼すると、とんでもないことになる。後で書類を作り直したり、間違いを修正しなければならず、弁護士を雇い直すことになり、かえって費用は高くつく。また、アメリカで起業する場合、日本にいる投資家が出資に応じることが多い。その際、アメリカで登記するほか、日本でも有価証券通知書などを提出しなければならないので注意したい。

(2) 日米に事務所を持ち、日米の会計・税務・財務に精通した大手会計事務所からアドバイスを受ける。会社設立前は、特に事務所確保のため、信頼できる不動産業者を紹介してもらう。できれば、日常の経理・会計処理のチェックをしてくれる地域の会計・税務事務所を紹介してもらう(大手会計事務所は、経理・会計処理の支援サービスを比較的安い料金で提供している地域の小さい会計・税務事務所と提携していることが多い)。また、事業計画書を作る際には会計士にアドバイスを求め、さらに作成後はチェックしてもらってよりよい事業計画書に仕上がるよう手伝ってもらう。

(3) ニューヨーク地域のインターネットやメディア関連ビジネスの起業家・プロフェッショナルの集まりでもある「ニューメディア協会(NMA)」に入会し、人的ネットワークを広げる。特に、先輩起業家やプロフェッショナルからシリコンアレーでの起業情報、ノウハウ、成功のためのポイントなどを教えてもらえるよう、NMAのイベントや会に参加し、人脈を広げる。

 

富田さんは、これら三つをすぐに実行し、順調に起業することができた。1998年10月の設立以来一年で黒字化、二期目の2000年10月期には売上高560万ドル、従業員数25人規模まで成長した。彼はシリコンアレーで起業したことのメリットとして次の点を挙げる。


(1) 業界関連企業の本社が集中しているため、業界の最新情報や人材が獲得しやすい。

(2) 業界に人材を輩出しているニューヨーク大学(NYU)、コロンビア大学、プリンストン大学、エール大学、ニューヨーク州立大学、ニューヨーク市立大学などが比較的近いため、感性のよい優秀なアルバイトや人材が採りやすい。

(3) NMAの活動を通して、営業を手伝ってくれるコンサルタントや人材紹介をしてくれるヘッドハンターなどビジネスに必要な人脈や企業とのつながりができた。

(4) 日本企業の米国子会社本社がニューヨークに多いため、会社設立直後より日系企業からインターネット広告戦略に関するコンサルティング業務などの仕事の依頼が少しずつあった。また、創業期からそれら日系企業から出資を得ることができ、信用力アップにつながった。

(5) インターネットやメディア関連事業に投資するエンジェルやベンチャーキャピタルがニューヨークには多く、最初の第三者割当増資で、有力ベンチャーキャピタル3社から500万ドルの出資を受けることができた。また、彼らが大手企業との提携の橋渡しをしてくれた。

 

私もシリコンアレーにあるアメリカのベンチャー企業の会長をしている。メディア関連の事業であることから、富田さんと同様の恩恵を受けている。


三つのポイント

     

ポイント1

ネット関連企業が集中しているため業界最新情報が得やすい

ポイント2

一流大学が近いため、優秀なアルバイトや新卒が採用しやすい

ポイント3

業界人の集まる会合で人脈ができ、ビジネスチャンスも広がる