松本隆さん(仮名)は、大学卒業後、弁護士事務所と居酒屋で7年間アルバイトをし、3000万円近くの留学資金を貯めた。将来アメリカでレストランを経営経営することを夢見て、ロサンゼルスに渡った彼は英語学校に通い、夕方から夜中までは、日系人が経営する工場で働いた。その工場で事務をしていた韓国系アメリカ人女性に一目惚れし結婚、すぐに子供も生まれ、アメリカ市民権を取得した。もともと責任感が強く、何事にも一生懸命努力する松本さんは、上司や社長からの信頼も厚く、将来の経営幹部候補生として、工場から本社勤務となる。

 元々グルメだった松本さんは、レストランへ食事に行くたびに、レストランのチェーン展開という目標を思い出し焦りを感じ始める。そんなある日、社長から信じられない話をされる。現社長は72歳の高齢で病気がちなうえ、子供や継続者がいない。そこで、松本さんに一年後社長になってほしいというのだ。何日も悩み続けたが、現在の仕事を一生続けていくことに納得できなかった松本さんは、その申し出を断り、これを契機に退社した。好きなレストラン経営を始めるのだ。

 失敗を避けるため、市場調査を徹底的に行った結果、ロサンゼルスではなく、日本人が多くいるニューヨークでもない場所、テキサス州のダラスに会社を作り、一号店もそこに出すことにした。「なぜダラス?」なのか。実はダラスは、1980年代初めから全米で最も急成長している地域の一つで、物価や地価が安く、若くて優秀な労働者が比較的安い賃金で得られるため、起業するときの人気都市となっている。JCペニー、アメリカン空港、エクソンなどの大企業がこうした利点から、本社をダラスに移したことはよく知られている。

 ダラス地域は東部と西部両方の影響を適度に受けて、食文化のみならず総体的に新しいものを受け入れる土壌がある。そのため、全米でチェーン展開しようとする外食・流通業者は、ダラスでまず一号店を出し、業態テストをした後修正を加えたうえで標準店化させ、それをもとに全米でチェーン展開させる。日本でも有名なテイクアウトの店「イーチーズ」、人気フレンチベーカリーレストラン「ラ・マドレーヌ」や「コーナーズ・ベーカリー」、ウォルマートの超大型店「スーパーセンター」などは有名な例だ。

 松本さんはダラスに移り、一年以上かけて新しい店の業態を作り上げた。毎日繁盛店や有名店を食べ歩いて徹底的に研究して考えた新業態は、日本食を含めたアジア、北・南米の各料理を組み合わせた「ビストロ」だ。もちろんターゲットとなる客は、日本人ではなくアメリカ人だ。将来全米展開することを考えると、人口の極めて少ない日本人相手に商売してもビックビジネスにならないと判断したためだ。

 1号店はテスト店として、アメリカでは比較的小型の店舗面積200坪で150座席とした。競争力を見るため、場所はあえて100軒以上も有名店がひしめき合う全米でも有数のレストラン街にした。

 松本さんの店はすぐに人気店となった。いつもほぼ満員で、夜は予約なしだと一時間以上待つほどだ。一号店オープンの3カ月後から2店舗目の準備を始め、その六カ月後、店舗面積300坪280席を備えた2号店を開業した。2号店は郊外のロードサイドで1号店よりも集客力があるため、売上・純利益ともに一号店の倍近い大繁盛店となった。

ダラスは外食・流通業のメッカで、チェーン展開している会社の本社が全米で最も多い。たとえば、ピザハット、ブリンカー・インターナショナル、TGIフライデーズ、トニーロマ、CECエンターテイメント、セブン-イレブンなど有力チェーンが目白押し。

 競合店から徹底的に学び、また競合他社から有能な人材を獲得できたことも成功のカギとなったと松本さんは語る。もし、ロサンゼルスやほかの都市で創業していたら、このように短期で結果は出せなかったであろうと。

 ところで、私もアメリカでプライス・ウォーターハウス社(現プライス・ウォーターハウス・クーパーズ社)日本企業部ディレクターを務めた後、92年にダラスでベンチャー企業を支援する経営コンサルティング会社をアメリカ人のパートナーと起こした。

 松本さん同様ダラスで起業した理由は、次の4点だ。


(1) ベンチャービジネスのメッカ、シリコンバレーやシリコンアレーは、アメリカの中では人件費、事務所家賃、税金などが非常に高い。第二のベンチャービジネスのメッカになりつつある地域のなかでダラスは、会社経営上、特に安くつくところだった。

(2) 地理上全米の中心にあたり、ターゲット市場である全米のどの都市にも飛行機で3時間以内に到着できる。ほとんど日帰りが可能で、効率がよい。

(3) 当社のサービス(経営・起業コンサルティング)は、日米間にまたがることから、毎月日本に行く必要がある。そのため、毎日日本への直行便が出ているダラスは、便利であった。

(4) 特に顧客としてターゲットにしていた外食・流通企業のほとんどがダラスに本社を構えていた。

 

ダラスで起業したことで、経済的にも時間的にも、また顧客獲得における効率性からも、ずいぶん恩恵を受けた。そういう意味では、戦略的起業地として、松本さんや私にとってダラスは理想的な地域であったといえる。


三つのポイント

   

ポイント1

ダラスは、人件費、事務所家賃など会社経営のコストが安い

ポイント2

アメリカを代表する外食、流通企業の本社が集中している

ポイント3

地理的に全米の中心に位置し、効率的に移動できる