木村靖さん(仮名)は、日本の工科大学を卒業し、アメリカの大学院に進学した。修士号取得後はアメリカ大手電話会社に技術者として就職、定年まで勤め上げるつもりだったが、勤続12年にして、勤務先の行政が急速に悪化、リストラの対象になり、突然解雇されてしまった。そこで、少ない退職金を手元に、一緒に解雇された同僚・部下のアメリカ人4人とともに電話システム専用のソフト開発会社を立ち上げることになった。

 4人のアメリカ人は、技術的知識や経験を考慮して、木村さんを社長兼最高経営責任者(CEO)に推したが、木村さんは固辞した。リーダーとしてアメリカ人の従業員を引っ張っていくだけの自信が持ってなかったからだ。

 結局木村さんは、株式公開経験のある元ベンチャー企業経営者(友人のアメリカ人)を説得し、社長兼CEOとして連れてきた。そして、木村さんは副社長兼最高技術責任者(CTO)に収まった。ほかの4人のアメリカ人はそれぞれ、(取締役会)会長、上級副社長兼最高運営責任者(COO)、副社長兼最高管理責任者(CAO)、副社長兼最高財務責任者(CFO)に就任した。

 木村さんと新CEOを含めた創業者六人が出し合った資金は計80万ドルになったが、それでも十分ではなく、創業後各人が親戚や友人・知人に出資を募り、計220万ドルを集めた。さらにその3カ月後、大手ベンチャーキャピタルから300万ドルの出資を受けることができた。20社近くに何度もプレゼンや交渉を繰り返した結果だ。

 初年度はソフト開発に時間と資金を費やしたため、営業はまったくできず、売上はほとんどなかった。また、優秀な人材を他社から次々と引き抜いたことで人件費がかさみ、赤字は400万ドル以上に達した。

 二年目は全社あげて営業を行ったため、製品完成と同時に注文が殺到し、売上高八〇〇万㌦、利益六〇万㌦を上げた。短期間でのナスダック上場を目指していた経営陣は、二年度目の決算が終わり次第上場準備に入った。

 いざ上場準備を始めてみるといろいろな問題が出てきた。最大の問題は、第三者割当増資のためにすでに発行していた株価が高過ぎるうえ、発行株式数も多過ぎたことだ。アメリカでは、株式公開する場合、証券法・株式公開専門の弁護士やコンサルタントに書類作成やアドバイスを依頼するが、彼らが不慣れだとこのような問題が起こる。

 要するに、専門家でありかつ経験のある弁護士やコンサルタントに会社設立手続き、定款作成、株式発行、資本製作立案などを依頼しないと、それらを変更・修正するのに後で大変な時間とおカネがかかる。それでも、変更・修正可能な場合はまだよいが、既存の株主に多大な損失を与えるという理由から、既存株主に反対されると変更・修正が不可能な場合もある。

 弁護士やコンサルタントは、専門家中の専門家を選ぶようくれぐれも気をつけたい。さらに注意しなければならないのは、専門家でも忙し過ぎてスピーディーかつ正確な対応ができない人も多いことだ。よくわからずに依頼し、途中で対応が悪いとわかった場合、すぐにほかの人に替えたほうがいい。

 アメリカで株式公開をする場合、成功のカギとなるのは、力がありかつ対応のよい専門家集団を抱えることだ。プロ集団を見方につけると、足りない部分を早期段階で指摘し補ってくれたり、一見不可能なことを可能にしてくれることが往々にしてある。支払うフィーは安くないが、その成果は大きい。

 問題に気づいた木村さんたちは、すぐに弁護士を替え、株価や株式数の調整を依頼した。一時は混乱して株主から不満が爆発したが、専門弁護士が上手に説明・対処したため、無事解決した。ただ、このため結果的に株式公開が半年も遅れ、フィーが安いという理由で最初の弁護士を雇ってしまったことを木村さんは大変後悔している。

 マザーズやナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)ができたため、株式を公開する際の日本とアメリカの相違点は、かなり少なくなってきている。特に顕著なのが、会社設立から株式公開までの期間が短くなったことや小規模企業や赤字企業でも公開できるようになったことだ。これらは、アメリカ並みになったといっても過言ではないだろう。

 ただ、今でも決定的に違うのは、徹底したディスクロージャーと厳しいコーポレートガバナンスの体制だ。アメリカはこれらがしっかりしているため、英語が苦手で論理的思考に不慣れな、具体的には株主とタイムリーかつ正確なコミュニケーションがとれない日本人経営者にとっては、大きなハンディとなる。そのため、下手にCEOの座に固執せず、木村さんのようにプロの経営者を外部から連れてくるなどして、会社経営、特に株主対策を任せるのが得策だ。株主の理解を得られずにCEOを解任されたり、訴えられたりする可能性が大であるアメリカで、無理にCEOになることは本人にとっても、会社にとってもマイナスになる。

 また、経営も日本人特有の「すべて社長がする」のではなく、チームを作り、それぞれが得意な分野で貢献する分担制にしたほうが効果的だ。コーポレートガバナンスが発達しているアメリカでは、日本人のように社長一人でほとんど何でも運営・管理・決定するのは不可能だし、非常に危険でもある。


三つのポイント


ポイント1

株式発行、資本製作など、後になって変更・修正するのは大変なこと

ポイント2

弁護士、コンサルタントは専門家で対応のよいプロ集団を選ぶ

ポイント3

 創業者はCEOの座に固執せず、株主対応はプロ経営者に任せる