工業高校を卒業後、大手厨房機器メーカーに就職した大山義男さん(仮名)は、十三年間営業畑一筋で日本中を駆け回った。成績不振の営業所に行っては数カ月で売り上げを倍増させ「ミスター営業マシン」と言われる。

 表向きはその実績が認められ、アメリカ販売子会社に販売指導員として派遣されることになった。期間は分からない。どうやら三年以上の長期になるらしい。実際は、先輩や同僚たちが、彼と絶えず比較・評価されることを危ぶみ、また妬みもあってアメリカ行きを進言したのではないかとのこと。

 大山さんは英語が大嫌いで、まったく話せない。海外生活も苦手だ。転職も考えたが、納得のいく仕事が見つからず、泣く泣く子会社に出向いた。

 営業のノウハウを教えに来たはずだったが、英語ができないことから大事なポイントがアメリカ人に伝わらない。得意の根性論を説けば説くほどアメリカ人社員は冷めていく。大山さんはだんだんノイローゼぎみになった。

 入社前は頑張りさえすれば認められ、出世もできるはずと考えていたが、甘かった。米国派遣は左遷以外のなにものでもない。日本の会社でサラリーマンを続けるかぎり、自分のやりたいことは一生できないと、独立を決意する。

 アメリカは好きではないが、起業支援の環境が整っている。好き嫌いよりも成功の確率を優先させ、あえてアメリカで会社を始めることにした。しかし、労働ビザがなく、永住権獲得のために保証人も探さなければならない。

 そこで、パーティーで知り合ったアメリカ人の言葉を思い出した。「私はあなたの能力を高く買っている。独立するときは必ず声をかけてくれ。パートナーとして一緒にやろう!」と言って、いきなり名刺を差し出してきた彼。名刺には、貿易コンサルティング会社社長の肩書きがあった。さっそく連絡したところ、永住権取得のため、何でも協力してくれるという。ただ、条件は共同出資で貿易会社を始めることだった。「渡りに船!」と大山さんはそのオファーに飛びつく。

 永住権を取得するまで、正式(法的)にはビザの保証をする会社のオーナーにはなれないと分かり、結局、大山さんは必要な資金をすべて出したオーナーであるにもかかわらず、そのアメリカ人パートナーを表向きは(法的には)100%オーナーということにした。

 大山さんの必死の努力が実り、会社は三年間で売上高300万ドル、純利益50万ドルまでになった。商売の仕組みが出来上がったのでさらなる成長が予想できた。喜びもつかの間、予期しなかったことが起こる。パートナーが急に態度を変え、弁護士を使って大山さんを会社から追放しようとしてきた。アメリカでよくある「乗っ取り」だ。

 100%カネを出しているにもかかわらず、法的にはただの従業員だった大山さんに勝ち目はまったくなかった。いとも簡単に会社をパートナーのアメリカ人に渡す羽目になった。

 私が大山さんに会ったのはその直後だった。パートナーに騙され、突然無一文になった大山さんは、もう日本に帰れないし、自殺まで考えたという。私は彼に「絶望するのはまだ早い」ことと「アメリカではあきらめずに挑戦を続ければ必ず成功できる」と激励した。とりあえず、アメリカで生き残る手段として、また永住権取得のために、日本食レストランでシェフとして働くよう勧め、友人が経営する店を紹介した。

 大山さんが永住権を得たのはそれから四年後だった。その間、コツコツと四万㌦の資金をため、米国製土産品を日本に輸出する専門商社を再び創業した。ところが、為替レートの急激な変動で、資金力のない大山さんの会社はすぐに倒産してしまった。

 再び一文無しになった大山さんを「あきらめるのはまだ早い」と、私は再度激励した。そして、最後の切札として、自己資金なしで事業を起こせる「シリコンバレー式起業法」を助言した。そのやり方は次のとおりだ。

 資金はまったくなかったが、多少個人クレジット(信用力)があった大山さんに、まず七枚のクレジットカードで三万㌦を引き出してもらう(キャッシング)。そして一株0・001㌦の普通株を3000万株発行し、株式会社設立。その後、すぐに第三者割当増資として一株一ドルの議決権なしの優先株を100万株発行し、アメリカ人のエンジェルから100万㌦を調達。ちなみにエンジェル探しは大山さんの顧問弁護士、会計士、そして私の三人が手伝った。

 その資金でクレジットカードから借りた三万ドルを利子ごとすぐに返済し、その分は大山さんが将来会社から受け取る給与の前渡金として、毎月少しずつ彼の給与から差し引いていく。残った資金の中から約7万ドルを使って、新会社の本業である日本食レストランをまず一店舗、その六カ月後に二店舗目をオープンさせた。シェフをしていた経験が生き、二店舗ともオープン四カ月後には繁盛店となり、今では合わせて年間売り上げ700万ドル、純利益8万ドルを確保するまでになった。二年後までにさらに三店の出店とナスダック上場を目指している。

三つのポイント

      

ポイント1

法的な不備で会社を「乗っ取られる」こともありうる

ポイント2

失敗にめげることなく、むしろ失敗から学ぶことが大切だ

ポイント3

アメリカではあきらめず挑戦を続ければ必ず成功できる