アメリカ人起業家のA氏は、人気映画スターや著名人が会員制高級シガー・バー(葉巻が吸え、多種類のワインが楽しめるレストラン)を望んでいることに目をつけハリウッドに店を開いた。二店舗目をワシントンに出したかったが、資金がない。一店目はまだ赤字で年間売り上げも500万㌦に満たなかったため、株式公開もあきらめていた。それでも、何とかして資金を集める方法はないかと、友人の紹介で証券会社の株式公開担当者に相談して見た。

 証券マンのいうことに彼は驚かされる。財務内容から判断すると株式公開は無理のように見える。しかし、折からのシガー・ブームに加えて会員の多くがハリウッドの大スターなどの有名人であることから、投資家の興味をそそること間違いなし。だから店頭市場(NASDAQ:ナスダック)での公開チャンスは十分あるとのこと。

 その半年後にA氏の会社は異例のケースとしてアナリストや投資家の注目を浴びながら、無事、店頭公開を成し遂げた。

 最近、アメリカではリスク・マネー(高いリターンを求めるため、リスクの高い投資に向かうおカネ)がだぶついていることもあり、過去の常識を破って、小さな会社や赤字企業が次々店頭公開に挑戦している。

「革新的なサービス・技術・システムを持っている」「将来急拡大が予想される市場を狙っている」などの条件に当てはまるならば、規模が比較的小さくても、また多少財務内容が悪くても公開できる可能性は十分にあるといえる。

 日本で16年、アメリカでは4年。これは、店頭公開した企業が、公開に到達するまでにかかった平均年数だ。アメリカのようにベンチャー企業を次々に生みだし育てる環境が日本で整うまでには、まだあと何十年もかかるであろう、というのが私の正直な気持ちだ。

 そのため、最近アメリカの証券取引所やナスダックで、公開・上場を目指す日本の会社が増えている。既存の企業だけではない。最初から公開・上場を狙って、アメリカで起業したいという若者からの相談も急増している。

 最初に混乱を避けるため、アメリカにおける「公開」と「上場」の意味を明確にしておく。通常「公開」(IPO:イニシャル・パブリック・オファーリング)というと、ナスダック会員の証券会社や、ニューヨーク等の全国証券取引所に、株式の新規販売のための登録をし、広く一般(会社と関係のない)投資家に株式を売ることを意味する。一方「上場」とは、ニューヨーク等の歴史があり確立されている全国証券取引所のみで、株式を新規に販売することを指す。

 証券取引所は大企業向けの株式市場であるため、上場基準も厳しい。現にベンチャー企業は、基準の緩やかなナスダックでの株式公開を果たしている。従ってここでは、ナスダックでの公開に話を絞る。

 アメリカで株式を公開するための最も大事なポイントは、次の通り3つある。

(1)一般(アメリカ人)投資家にとって会社に魅力があるか

(2)公開のタイミングが早すぎないか

(3)適格なリード・アンダーライターを確保したか

 最初のポイントは、会社が公開できる状況にあるかどうかを見極めることから始まる。その判断の目安として、売り上げが最低1000万ドルあり税引後の純利益がその5%つまり50万ドル以上あることだ。これ以下でも、難しいだけで、絶対に不可能というわけではない。A氏の例に見るように、最近はこのような目安に満たない会社の公開ケースも増えてきている。

 第二のポイントは、公開のタイミングが適切かどうかだ。総じて、アメリカで起業する日本人は、「株式公開は早ければ早いほどよい」と誤解している。だが、タイミングが早すぎると、企業にとって二つの怖い結果をもたらす。

 一つは、公募売り出しが完了できずに十分な資金が集まらない一方、公開のための費用は莫大にかかってしまう。そのため、公開後に皮肉にも資金繰りで苦しむことになる。

 もう一つは、公開準備の無理押しがたたり、公開後に業績が急に悪化したため株価も急落。それに伴って株主からの損害賠償請求や訴訟を起こされることが往々にしてある。

 避けるべきは、公開までの業績が順調だからといって、高すぎる株価で売り出すこと。また、公開に焦点を当てすぎて、公開後の計画・準備を怠るべきではない。

 第三のポイントは、適格な「リード(またはマネージング)・アンダーライター」(主幹事証券会社:公開する会社の証券の売り出しを主幹事、つまり中心となって行う証券会社)を確保できるかどうかだ。

 公開する場合、通常は主幹事に株式の売り出しを委託する。主幹事は、ほかの証券会社と引受シンジケートを形成し、できるだけ多くの機関投資家、個人投資家に、公開する会社の株を売る。したがって、主幹事は、公開成功のカギを握る最も大事な外部専門化といえる。

 彼らのサービス・フィーの大部分は成功報酬となっているため、大手・有名証券会社は比較的成功の難しい小規模企業の株式の引き受けを嫌がる傾向がある。中規模の証券会社でも、売り上げ5000万ドル、税引後純利益500ドル未満の会社の引き受けを断ることがある。

 会社の規模やイメージではなく、次の3点を判断基準に「適格」な主幹事を確保することが重要となる。

(1)公開する会社の業界に精通していること

()同じような規模の会社の公開支援経験が豊富であること

()リード・アンダーライターの公開準備チームが、誠実かつ親身になって支援・指導してくれること

最後に、アメリカで株式公開することのデメリットも一応確認しておきたい。

()株主の利益を最優先しなければならないので、長期的な観点で意思決定ができないことが多い

()敵対的M&Aのターゲットになりやすい

()経営陣と取締役は絶えず(株主、従業員、顧客等による)訴訟のターゲットになる

()株主や取締役会による経営陣の解任が頻繁にある

()特に日本人経営者は、コミュニケーション能力やリーダーシップの欠如から、経営最高責任者(CEO)からおろされる可能性が高い

これらをよく理解・納得した上で、株式公開への挑戦を視野に入れてほしい。

 

三つのポイント

 

ポイント1

アメリカではかなり赤字がある企業でも株式公開できる場合がある

ポイント2

革新的なサービスや技術が一般の投資家を引きつける

ポイント3

 公開のタイミングを見極め適格な主幹事証券会社を選ぶ