ヘッドハンティングの会社をアメリカで創業したAさんは、業界での豊富な経験と幅広い人脈を持った日本人Bさんを副社長に迎えた。そして、彼の人脈で優秀なアメリカ人ヘッドハンターが次々入社し、会社設立三年目にして年間売り上げ一五〇〇万㌦まで急成長を遂げた。

 しかし、四年目にして、Aさんとの経営方針に関する対立から、B副社長は突然退社した。Aさんは、今までBさんの力によって会社が伸びてきたことを熟知していたので、半年たっても彼に代わる有能な人材が確保できなかったことを理由に、事業から撤退することを決断する。

 そこで撤退方法に関する相談に来られたAさんに、「まだ社内に優秀なスタッフが残っているので、会社を閉めるのではなく、売ったほうがいい」と私は助言した。幸いにもAさんの承認を得て、すぐにほかのヘッドハンティング会社に打診したところ興味を示し、当初希望の五割増の額で三カ月後に売却は成立した…。

 ご存知のように、日本でも新しく事業を起こすことは非常に難しくリスクは高い。まして、人種、文化、習慣、価値観、言語等の違う異国、アメリカではもっと難しく、その事業リスクはさらに高くなる。私がアメリカで日本人起業家を見てきたかぎりでは、彼らの事業成功率は、アメリカ人起業家成功率の半分、つまり五%以下だろう。そこで、今回はアメリカで事業に失敗したときの撤退法を紹介する。

 事業に失敗したときの撤退法には、大きく分けて三つある。

 まず、Aさんのように「会社を売ること」に成功すれば、まとまったカネが入るし、何よりも従業員の雇用が守られる可能性が高い。私の経験からいうと、競争相手に話を持ちかけると買収してもらえる可能性が最も高いようだ。

 次に「ただ会社を閉めること」は、会社を買ってくれる相手を探す必要もなく、最も簡単な方法に見えるが落とし穴がある。その問題点は次の実例で紹介したい。

 Cさんは、新型ヘリコプターを開発・製造するため、アメリカに会社を作った。本人は社長となり、副社長以下経営陣と技術者数十人を競合他社からヘッドハントした。まったく新しい技術に挑む日本のベンチャー企業として、地元マスコミでも大々的に取りあげられ、本人は得意満面で、次々と事業計画を発表する。

 ところが、商業化のための技術開発には、予想をはるかに上回る時間とカネがかかり、成功したとしても採算が合わない。会社設立から五年後、ついに撤退を決め、全従業員を解雇し、損害を最小にとどめたかのように見えた。

 しかし、その後、会社と社長は解雇した従業員から訴えられる。「新型ヘリコプターを開発・製造するため、ぜひ来てくれというので、無理して前の会社を辞めてきたのに、途中で投げ出すとはけしからん。もう前の会社には帰れない。契約違反だ!」と。

 結局、Cさんは裁判で負け、膨大な賠償金を払わされることになった。

 従業員を解雇する場合、往々にして訴えられる。そのため、専門弁護士と十分対応を検討したうえで、撤退作業を進める必要がある。

 三つ目の撤退法は、会社自身(債務者)による「自己申立」での破産裁判所への申請、要するに連邦破産法の適用だ。

 専門的(法的)になるので、ここでは詳細に触れないが、連邦破産法を適用されたとしても、個人への責任追及はないことを知っておいていただきたい。あくまでも会社に対するもので、裁判所の承認のもと、会社の清算を進める。その後、別の会社を新たに起こすことにより、再起を期することができる。つまり、アメリカでは「敗者(失敗者)の復活」が許されている。 

 アメリカで会社を起こすときには、事業の成功のみを信じ、全力でそれに取り組みたい心情は、よく理解できる。だが、どんなに素晴らしい事業であれ、失敗する可能性を絶えず秘めている。だから、事業で失敗したときの撤退の時期と方法は必ず起業時に決めておいたほうがいい。

 日本人起業家はその事業への思い入れが強いため、我々起業コンサルタントから見て、明らかに失敗している、または冷静に分析すれば一〇〇%失敗するのが分かる場合でも、なかなかあきらめきれず、救いようがない状況に陥るまで事業を続けることがよく見受けられる。

 では、事業から撤退すべき「失敗」とは、どういう状況か。私は少なくとも次の三つの状況にあるとき、事業の「失敗」と定義している。

(1) 起業後三年経っても、まだ採算が取れない場合。

会社を始めて三年も経つのに、採算が取れないのは、明らかに事業を続ける意味がないことを示している。三年は長すぎるくらいだ。投資家への利益還元が最も大事な存続意義であるアメリカのベンチャービジネスでは、日本より圧倒的に成長のスピードが速い。ほとんどの場合一年も試せば、その後の事業展開が見えてくる。

(2) 予測に反し市場が縮小、商売の規模も小さくなり、その後の成長が望めない場合。

 これは明らかに起業したときの市場に関する仮説のミスだ。ほかのミスと違い、修復不可能なだけでなく、時間が経つほど泥沼にはまっていく、いわば致命的なミスだ。被害が大きくなる前に、一日も早い撤退をお勧めする。

(3)顧客や取引先との商売や取引が一回のみで、その後継続しない場合。

 この理由は、会社の技術、製品、システム、サービスに根本的欠陥があるからだ。その欠陥を直さないと、商売として成り立たない。もし可能なかぎりの修正を加えても顧客や取引先の反応が変わらない場合は、元々成り立たない事業なので、その時点で撤退を勇断すべきだ。

「成功するためには失敗を経験しなければならない」というのが、我々起業コンサルタントやベンチャーキャピタル等のプロの投資家の台言葉になっている。優れた起業家にとって、ある事業の「撤退」は次の事業の始まり、つまり新たな「起業」を意味する。したがって、撤退するからといって、負けたとは思わないでほしい。

 むしろ、「起業家として貴重な経験を積んでいる」という前向きな姿勢を持とう。アメリカの起業家たちを一六年間観察してきた私の結論は、「あきらめないで挑戦していると、そのうちどれかの事業で成功できる」ということだ。大事なことは、一つ一つの起業において手抜きをせず全力であたること。そして、絶えず長期的・客観的な視点で事業を分析・判断し、先に紹介した三つの場合には、思いきって撤退できるよう、いつもその体制を整えておくことだ。

三つのポイント

ポイント1

 撤退方法には「売却」「閉鎖」「連邦破産法適用」がある

ポイント2

 起業後三年経っても、黒字化できなければ失敗と認識する

ポイント3

 ある事業での失敗、撤退は次の事業の始まりを意味する