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コイン好みAtoZ

マイナーコイン好きなコレクターです。
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アルファベット順に目指せZまで。

かつて北ローデシアと呼ばれ、1964年イギリスから独立したアフリカ南部の内陸国。

19世紀以降、海岸部よりポルトガルとイギリスの進出が進み、セシル‣ローズの英国南アフリカ会社は1890年ロジ族(パロツエ)の王(バロッツェランド王国)と条約を結び保護化した他、この地域の植民地化を進め、ポルトガルを撤退させ広大な保護領を作り上げました。

1953年白人中心で独立国家を目指しローデシア・ニヤサランド連邦を構成しますが。その後の独立運動の動きで崩壊、1964年北ローデシア地域はザンビアとして独立しました。

なお西部に残されていたバロッツェランド王国は、かつて周辺諸国にまたがる広大な領土を支配していたそうで、植民地時代から独立直後までは王国として自治権を保持していたようです。

国名はビクトリア滝で有名なザンベジ川から採られ、植民地時代から銅の生産が経済を支える国です

通貨は、"夜明け"を意味するクワチャで、南ローデシアポンド.ローデシアニアサランドポンドザンビアポンドから、1968年に1ポンド=2クワチャで100進法されました。

※1シリングニッケル黄銅貨 1964年  クラウンサイチョウ

※2シリングニッケル黄銅貨 1964年 ボホールリードバック(カモシカ)

1ングェー青銅貨 1969年  ツチブタ 初代大統領

 

2ングェー青銅貨 1968年  ゴマバラワシ             5ングェーニッケル黄銅貨 1968年     

10ングェーニッケル黄銅貨 1968年                     20ングェーニッケル黄銅貨 1968年

50ングェー白銅貨 1969年 FAO

 

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以上で途中中断もありましたが足掛け5年、ほぼ全世界に近い200国以上の収集コインの記事を書き終えアルファベット順Zまで走破することができました。

独りよがりのつたない記事を今日まで多くの方に読んでいただき、感謝申し上げます。

今後はまた気長にAから再び修正加筆をして載せて行こうと考えていますので、興味があればまた訪問いただければ幸いです。ありがとうございました。

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 南スラブ人の統合国家で、クロアチアセルビアスロベニアボスニアヘルツェゴビナモンテネグロコソボ北マケドニアの地域に存在した国家。

1918年セルビア王国を主体にオーストリア=ハンガリー帝国から分離された、クロアチアスロベニアボスニア・ヘルツェゴビナモンテネグロ王国を統合する形でできた国で、始めは

セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国と称しました。

1929年ユーゴスラビア王国と改名、第2次大戦のナチス占領や分裂の混乱後、チトーによる解放で王政も廃止、1945年ユーゴスラビア連邦人民共和国が成立しました。

1963年ユーゴスラビア社会主義連邦共和国に改称、カリスマ的チトー大統領の下に非同盟諸国

の中核として平和を保ちますが、死後の民族主義の拡大で完全崩壊し、悲惨な戦争もあって7つの国に分裂しています。歴史的経緯もありますが、ほぼ同じ民族が宗教の違いだけで一般市民が指導者の過激な民族主義的扇動を信じ戦争を起こすのは不幸な事です。

通貨は、セルビア時代からディナールが継続使用されています。

セルビア語とクロアチア語は使う文字が違う同じ言語【セルボクロアチア語】と言われ、スロベニア語、マケドニア語は近い言語とは言えそれぞれ差異がみられる言語のようで、額面により言語表示を変えたり、2種の国名文字表記、4言語額面表示する等、コインに工夫が見られます。

☆王国

※50パラ白銅貨 1925年

※1ディナールアルミ青銅貨 1938年

※2ディナール白銅貨 1925年

※20ディナール銀貨 1938年 Ag.750  9g ラテン文字(クロアチア語)表記

※50ディナール銀貨 1938年 Ag.750  15g キリル文字(セルビア語)表記

☆連邦共和国

※50パラアルミニウム貨 1953年                      ※1ディナールアルミニウム貨 1953年

※2ディナールアルミニウム貨 1953年  キリル         ※5ディナールアルミニウム貨 1963年  ラテン

※10ディナールアルミ青銅貨 1955年 

※20ディナールアルミ青銅貨 1955年                 ※50ディナールアルミ青銅貨 1955年

☆1/100デノミ後

※5パラ アルミ青銅貨 1965年                          ※10パラ アルミ青銅貨 1965年

※20パラ アルミ青銅貨 1980年 国名2文字、額面4言語表記

※1ディナール白銅貨 1965年 国名2文字、額面4言語表記

※2ディナールニッケル黄銅貨 1976年 国名2文字、額面4言語表記

※50ディナールニッケル黄銅貨 1988年 国名2文字、額面4言語表記

※100ディナールニッケル黄銅貨 1989年 国名2文字、額面4言語表記

現在のイエメンの南部東部地域で1967年イエメン人民民主共和国(南イエメン)として独立した地域で.1990年南北統一されました。

イギリスは1839年アデン港を占領したのを手始めに、徐々に後背地とハドラマウト地方を支配下にし、スエズ運河開通後の重要性の高まりとともにアデン植民地と多くのスルタン国からなるアデン保護領として統治しました。その後アデンの繁栄でモカの港は衰退したといいます。

民族主義の高まりから1959年南アラビア首長国連邦。1962年南アラビア連邦として国家体制が作られ、解放勢力の台頭でそれらに参加しなかったハドラマウト地方の首長国も消滅、統合した南イエメンの独立国家が1967年成立しました。

オマーンに接する東部ハドラマウト地方は近世以降インド洋交易を通じインド、東南アジア方面等への移民が多く、政治、経済、文化面で多大な影響を与え地域還元をもたらせましたが、現在もこの地方の経済は付近国家への出稼ぎ収益で支えられているとの事です。

中世起源のカティリと新興のクアイティは19世紀末〜この地方の覇権を争ったスルタン国で、独時の硬貨も造られています。

(東ティモールの独立時初代首相のマリ・アルカティリはカティリ族の移民家系との事です)

通貨は東アフリカシリングが使われた後、英ポンド等価でディナールが導入され、統一時1ディナール=26リアルで交換し廃止されました。

この地域ではMTTマリアテレジアテーラー”(リアル)とインドルピーが流通した地域で、その比率は、19世紀末頃で200〜230baisa:64baisaと銀の含有量比率(23.39g:10.69g)、為替レート(49.2英d:18d)に比しMTTが高かったとの事です。(相場は変動したようです)

海岸部ではインドルピーが優勢で、保守的な山間部や内陸部でMTTが多く使用されていたといい、土地を奪われた反英的な感情や装飾品としての人気が後押していたともいわれます。

この地域を支配したオスマン朝のコインより品質、重量の安定し、交易の基軸となったMTTは人気を得、コイン自体も欧州各地で製造を続けた事(銀価格の下落で差利益がでた)からどんどんこの地域に根付き、貯蔵もされました。

イエメン〜オマーン西部の地域は小勢力の首長国がほぼ独立していた地域で代われる貨幣もリアル(MTT)での紙幣も存在せず、MTTは最後まで使われ続けたようです。

 ~参考文献:アラビアのマリア・テレジア銀貨 / 山崎祐輔 著

☆ 南アラビア連邦

※1フィルス アルミニウム貨 1964年

※5フィルス 青銅貨 1964年                         ※25フィルス 白銅貨 1964年

※50フィルス 白銅貨 1964年

☆ イエメン人民民主共和国

※2・1/2フィルス アルミニウム貨 1973年 綿花

※5フィルス アルミニウム貨 1984年 イセエビ

※フィルス アルミニウム貨 1981年 アデン港シラー砦

※50フィルス 白銅貨 1984年 ダウ船 南アラビア同デザイン

※100フィルス 白銅貨 1981年

※250フィルス 白銅貨 1981年

☆ カティリ(セイユン、タリム)

※6クミシ銀貨 AH1315年H(英バーミンガム製) .900 16mm 0.9g 1/20リアル

※12クミシ銀貨 AH1315年H .900 18mm 1.55g 1/10リアル

※24クミシ銀貨 AH1315年H .900 21mm 3.15g 1/5リアル

アラビア半島の南端、アフリカの角の対岸にあり、古代に比較的降水にも恵まれ交易でも栄えていた事からローマ人に『幸福のアラビア』とも呼ばれた地域の国。

たびたび他国の侵入もある中で多くの王朝が興亡、インド洋の要衝として19世紀頃にはオスマン帝国の支配におかれ、アデンを中心とした南部はイギリスに植民地化されていました。

イスラム教シーア派の一派ザイド派のイマームは第一次大戦後1918年オスマン朝の撤退で旧領の統治を宣言し、海外勢力を打破しこの地域の統一を目指し周辺に攻め入りますがかなわず失敗。(アデン侵攻は失敗しサウジアラビアとの戦争では領地を割譲)

イタリアの支援もあったようですが、1934年南部のアデン保護領を支配していたイギリスと和平を結び北イエメンの独立国家として承認されムタワッキライト王国が成立しました。

その後はアラブ民族主義の台頭し、1962年クーデターでイエメンアラブ共和国となり、1990年南イエメンと統一されイエメン共和国となって現在に至ります。かつて数多くの小スルタン国の乱立する部族社会で紛争は絶えず、現在も宗派の違いや長い分断による南北不和もあって悲惨な内戦状態が続く分裂状態の国です。

イギリスにより植民地化されたアデン保護領が元となった南イエメンについては別に記します。

統一通貨のイエメンリアルは旧北イエメン通貨で、コーヒー交易が育んだマリアテレジアテーラーを基にした通貨ですが、出稼ぎ、移民の多い国で経済産業が停滞し、次第に価値は落としています。

文字だけのコインが多いですが、20世紀に造られたと思えない質感は何とも好みです。

☆イエメン・ムタワッキライト王国

※1/80リアル アルミニウム貨 AH1379年

※1/40リアル青銅貨 AH1373年

※1/8リアル銀貨 AH1372年 世界唯一と思われる5角形コイン

※1/4リアル銀貨 AH1367年

※1リアル銀貨 AH1344年 28.07g

☆イエメンアラブ共和国

※1/40リアル 青銅貨 AH1382年

※5ブクシャ 銀貨 AH1382年 1963年 エジプト・カイロミント

※20ブクシャ 銀貨 AH1382年 1963年         ※1リアル 銀貨 AH1382年 1963年.720 20g

※10フィルス黄銅貨 1974年 FAO

※25フィルス白銅貨 1974年FAO

☆イエメン共和国(統一)

※1リアル ステンレススティール貨 1993年

第二次世界大戦後のベトナム独立に際し起きたインドシナ戦争で、フランスの後ろ盾で成立させた政権で、1954年ジュネーブ協定以降17度線以南ベトナムを治めた国。

フランスは阮朝ベトナムの最後の皇帝バオ・ダイを担いで1949年ベトナム国として独立させるも人望はなく、フランス撤退後のアメリカの支援で1955年ゴ・ディン・ジエムが大統領として

ベトナム共和国が成立しています。

その後ホーチミン派解放勢力との内戦状態は悪化しアメリカの本格介入でベトナム戦争がはじまり泥沼化します。

独裁政権や何度かのクーデターを経てもアメリカの支援で国は維持されましたが、撤退が本格化すると解放勢力が一気に攻勢をかけ1975年にサイゴンは陥落、解放され崩壊しています。

通貨ドンは仏印ピアストルと等価で流通し、1953年にはコインの製造も始めました。

レートは当初1ドン(ピアストル)=10フランで流通したようです。

☆ベトナム国

※10スー アルミニウム貨 1953年

☆ベトナム共和国

※50スー アルミニウム貨 1963年 ゴ・ディン・ジエム(この年クーデターで暗殺されています)

※1ドン 白銅貨 1960年

※5ドン 白銅貨 1964年

※10ドン 白銅貨 1964年

※10ドン 黄銅張スチール貨 1974年 FAO

※20ドン ニッケル張スチール貨 1968年