Gesprach mit Frau Grubach
Dann Fraulein Burstoner
Fruhjahr(春)Frau(夫人)Fraulein(嬢)Fruhstucks(朝食)
『審判』のテーマは人間の存在、それは父と母との結びつきに因る。卵が先か鶏が先かという問題になるが総括したのが三位一体かもしれない。その関係を宇宙(空)に描けば「春の大三角」であり、各々の三者は同位格である。
この春にKが毎晩を過ごしてきた仕方は、まず仕事の後、まだそれができるときは(というのは彼はたいてい九時まで事務室に座っていたから)ちょっとした散歩をひとりでかあるいは行員といっしょにして、それからビアホールに行き、先輩の紳士が多い常連の席に座って、通常十一時まで過ごすことだった。
※過ごす/pflegte(過ごすというより世話をする、などの意味が強い言葉をなぜ使用したのか?)→fliegen(飛ぶ)とかFrei(自由)をイメージしたかったのではないか。
九時/neunというのはneu(新しい)という意味が潜んでいるのではないか。
つまりKはこの春、新生活に入って重力からも解放され(飛ぶ)、自由になったということではないか。
先輩の紳士/alten Herren→altenは先祖、Alt vaterから、Herren/黄泉の国Helleから
常連の席/Stammtisch→stetig/恒久、不変の
これ等の意味が見え隠れする文章ではないか。
《毎晩、北極星(梃子の点)を指向している旨の暗示》
1、ちょっとした散歩のあと、ビアホールに行く
ちょっとした散歩/Kleinen spaziergang
ビアホール/Bierstubu/酒場Bar→Kleine Bar/ こぐま座
2、ドライブ/Autofahrt→車→Wagen/こぐま座
3、Kは週に一度、エルザという名の女のところへ出かける、酒場の給仕女。
Erusa→Ursa Minor
Weinstube/酒場→こぐま座
これは宵の口から朝おそくまである酒場で給仕女として働いていて、日中はベットの、要するに二十四時間働いている 「北極星/Ursa」がエルザであるとの暗示。
4、しかし、この晩は、Kはまっすぐ家に帰ろうと思った。なぜそう思うのか正確にはわからなかつたが、
この晩は、そう、朝、ビュルストナーの小机を北極星の位置に動かしたから。(この事実は、順当でなく、あとから解かる。
《しかしこの晩は日中は気骨のおれる仕事と、大勢の人から敬意と友情に満ちた誕生日の挨拶をうけるうち、瞬く間に過ぎてしまった。》
※気骨のおれる仕事/angestrengter→anstrahlen/照らす、輝かす
「死ぬと太陽(自ら光るもの)になるというカフカの考えからするとKはそういう存在としてのあの世に新しく生まれたのだから、日中は照らす仕事をしていて、同時に大勢の仲間(死ぬことで新しく生まれた人たち)から挨拶をうけたのだと思う。