控室にゆくと、グルーバッハ夫人が一同全員のために玄関のドアをあけてくれた。

1、(自分の部屋)→見知らぬ男(フランツ)がドアを開け、Kはとなりの部屋へ入っていく。(開いている窓ごしにまたあの婆さんが目に入った。彼女はいかにも老人らしい好奇心まるだしに、いままた真向かいになった窓ぎわにあゆみよって、さらに事の次第を見とどけようとしているのだ)

2、(隣の部屋)⇔自分の部屋に入った。

3、(自分の部屋)→彼がまた隣室に戻ったとき(ちょうど向かい側のドアが開いて、グルーバッハ夫人が入ってこようとしていた、    彼女は慎重にドアを閉めてしまう)「二度と開かぬドア」

4、(隣室)→自分の部屋に戻った。

5、すぐ隣室へ急いだ。

6、彼をまた部屋に追いかえした(監視人がKを)

7、(自分の部屋)→空の隣室→次の部屋(ビュルストナーの部屋)

  (→かれらがでていくとき玄関口まで追いかけていく、Kの思い)

8、控室にゆくと、グルーバッハ普jんが一同全員のために玄関のドアを開けてくれた。

◎謎のような構造の家である。隣りの部屋、お向かいの空の隣室、次の部屋…つなげて見ると不思議な構造である。

 自分の部屋からも隣りの部屋からもビュルストナーの部屋からも《お向かい(老婆たち)》は向こう側である。この条件を満たすには各部屋がむこう側を中心に円形になっているか、重力を無視して縦状に各部屋が配置されてゐなければならない。しかも下宿は階段をのぼっていかなければならないらしい。

 

さらに読み進むと、グルーバッハ夫人の部屋の隣りはビュルストナーの部屋であり、ビュルストナーの部屋の隣りはKの部屋で、Kの隣りの部屋はグルーバッハ夫人の部屋なのである。これは平面上では把握できない構造である。

控室や食堂なども一の確認は不可であり二度と開かないドアと言ったのに、グルーバッハ夫人は玄関のドアを開けて全員を出迎えるのである。

 

『審判』は「死」から「人間としての尊厳を獲得した本当の死」にいたるまでの物語である。

グルーバッハ夫人(地球なる者の母の具現)が閉めたのは、二度と開かない「現世のドア」であり全員のために開けてくれた玄関のドアはwohngstur、つまりwolbhngstur(丸天井(宇宙→あの世、天国)のドアなのである。

 玄関/hausturをあえてwohnugsturにしたのはそういうことだと思う。

◎空間概念に対する挑戦である。否、存在に対する否定かもしれない。(存/ある)が(無/ない)のである。