(第一夜)

 ゴーシュが弾いたのは「インドの虎狩り」、インドラ・・・雷の神。

 雷の発生時にはO₂がO₃(オゾン)になる。

 

 (第二夜)

 灰色の鳥(かっこう)/Gray birrd→Gray beard/老人

「ところが私はドレミファを正確にやりたいんです。」

「えゝ、外国へ行く前にぜひ一度いるんです。」

《 ①「詞(ことば)を照(照らし合わせ)較(比べ) 我意を告げる。

 考えの全てが逸(隠れている)図(はかりごと)の我意であり、哭(大声で泣き悲しむ))千(沢山)の逝(人が死ぬこと)の胸(心の中)である。」

  ②、正確はショウ・カク、正覚(正しい悟り)

 「ところが私の本懐は正しい悟りを得たいんです」「えゝ、外国(冥府)に逝く前にぜひ一つ道理(悟り)がいるんです」

 とも読め、複合的に意味を重ねている。》

 

(第三夜)

 狸の子「お父さんがね、ゴーシュさんはとてもいゝ人でこはくないから行って習へと云ったよ。」

《普く腎(要)の講(話)は終(死)である》

 お父さんは木星(Jupiter)、天地を支配する大神で、磊伝を武器として投げつけるギリシャ神話のゼウスに当たる比類ない大物だろゴーシュ(地球の精神)は名づけているのだから、(いい人)という表現は当たっている。

 

「ではね、『愉快な馬車屋』を弾いてください。」

《諭(教え導く)戒(いましめ)の場を憶(思い巡らす)談(話)である。

 

「ゴーシュさんはこの二番目の糸を引くときはきたいに遅れるねえ。なんだかぼくがつまづくやうになるよ。」

 ゴーシュははっとしました。

《児(子供)の輓(棺を乗せた車/人の死を悼む)には黙って死を遅らせてしまう》

 

 (第四夜)

 野ねずみの母子、青い栗の実を一つぶ前においてちゃんとおじぎをして云ひました。

《照(あまねく光が当たる=平等)の律である実(誠)が逸(隠れている)

 全て運(巡り合わせ)である。

 

「すると療るのか。」

「はい。からだ中とても血のまはりがよくなって大へんいゝ気持ちですぐに療る方もあればうちへ帰ってから療る方もあります。」

《霊(死者の魄)の糧(支えるうえで必要な物)を注(書き記す)。

 訣(人との別れ)の他意の記である。

 字(文字)を利用した法(手だて)は霊(死者の魄)の法(神仏の教え)である。

 

「ああよくなったんだ。ありがとうございます。」おっかさんおねずみもいっしょに走ってゐましたが、まもなくゴーシュの前に来てしきりにおじぎをしながら「ありがとうございますありがとうございます」と十ばかり云ひました。

 ゴーシュは何かかあいさうになって

「おい、おまへたちはパンは食べるのか。」と聞きました。

《双(二つ)の全(すべて)の記は自由に運(巡らせている)。

 化(教え導くこと)を嘱(委ねる)文である》

 まもなくゴーシュの前に来てということは戻ってきたということであり、パンを与えるのはfeed、戻るはback。

 feedback(再生)である。